経理ミニツールズ

固定残業代(みなし残業)の落とし穴|最低賃金には算入されない

結論から言うと、固定残業代は最低賃金の計算に算入されません。「所定労働時間をこえる時間の労働に対して支払われる賃金」は最低賃金に算入しないと、最低賃金法4条3項2号と同法施行規則1条2項1号がはっきり定めているからです。

これが何を意味するか、具体例で見ます。月給20万円(うち固定残業代4万円・みなし30時間)、所定労働時間が月160時間、勤務地は東京都としましょう。月給20万円を160時間で割ると時給1,250円で、東京都の最低賃金1,226円(令和7年10月3日発効)を超えています。一見、問題なさそうに見えます。

ところが最低賃金の判定では、固定残業代4万円は無いものとして扱います。判定に使えるのは基本給16万円だけで、160時間で割ると時給1,000円。東京都の1,226円を226円も下回る違法状態です。この求人は、最低賃金を満たすには基本給が196,160円(1,226円×160時間)必要で、36,160円足りません

「固定残業代込みで◯◯万円」は、最低賃金のチェックをすり抜けやすい

総額で割ると最賃を超えて見えるのに、法律上の判定では割れている——という状態が起きます。求人票を見るときも、自社の給与を点検するときも、まず固定残業代を差し引いてから時給に直すのが正しい順番です。

固定残業代は、制度ごとに「入る/入らない」が逆になる

混乱の原因はここにあります。同じ「固定残業代4万円」が、制度によって有ったり無かったりするのです。まとめると次のとおりです。

何を計算するとき固定残業代は根拠
最低賃金を満たしているかの判定算入しない(無いものとして見る)最低賃金法4条3項2号/同施行規則1条2項1号
割増賃金(残業代)の計算の基礎基礎に入れない(それ自体が割増賃金だから)労働基準法37条
社会保険料の「報酬」(標準報酬月額)算入する(保険料が上がる)健康保険法3条5項
所得税の課税対象算入する(課税される)—(通勤手当のような非課税規定がない)

つまり労働者を保護する場面(最低賃金・割増賃金の基礎)では固定残業代は「無い」ことにされ、負担が発生する場面(社会保険料・所得税)では「有る」ことにされます。都合よく聞こえますが、どちらも理屈は通っています。最低賃金と割増賃金の基礎は「通常の労働時間に対して支払われる賃金」を見る制度なので、残業に対する賃金である固定残業代は性質上そこに含まれません。一方の社会保険料は「労働の対償として受けるすべてのもの」を報酬とするので、名前が何であれ入ります。

最低賃金には算入されない(最賃法4条3項2号)

条文を順に見ます。まず最低賃金法4条3項が、算入しない賃金を3つ挙げています。

最低賃金法 第4条3項(抜粋)

次に掲げる賃金は、前二項に規定する賃金に算入しない。
一 一月をこえない期間ごとに支払われる賃金以外の賃金で厚生労働省令で定めるもの
二 通常の労働時間又は労働日の賃金以外の賃金で厚生労働省令で定めるもの
三 当該最低賃金において算入しないことを定める賃金

この「厚生労働省令で定めるもの」の中身が、最低賃金法施行規則1条2項です。

最低賃金法施行規則 第1条2項(抜粋)

法第四条第三項第二号の厚生労働省令で定める賃金は、次のとおりとする。
一 所定労働時間をこえる時間の労働に対して支払われる賃金
二 所定労働日以外の日の労働に対して支払われる賃金
三 午後十時から午前五時までの間の労働に対して支払われる賃金のうち通常の労働時間の賃金の計算額をこえる部分

1号が時間外割増(=固定残業代)、2号が休日割増、3号が深夜割増です。固定残業代は「所定労働時間をこえる時間の労働に対して支払われる賃金」そのものなので、1号に真正面から当たります。なお同条1項により、賞与(一月をこえる期間ごとに支払われる賃金)と臨時に支払われる賃金も算入しません。

① 会社の見せ方(総額で割ると最賃を超えて見える) 月給20万円 基本給 160,000円 固定残業代 → 200,000円 ÷ 160時間 = 時給1,250円(○に見える) ② 最低賃金の見方(固定残業代は算入しない) 最賃判定 基本給 160,000円 不足 最賃ライン 196,160円 (1,226円 × 160時間) 36,160円 足りない → 160,000円 ÷ 160時間 = 時給1,000円(東京都の最低賃金1,226円を下回る=違法) 固定残業代 40,000円 … 最低賃金の計算には算入しない (最低賃金法4条3項2号・同施行規則1条2項1号)
東京都・所定160時間・月給20万円(固定残業代4万円込み)の場合。総額では時給1,250円に見えるが、最低賃金の判定に使えるのは基本給16万円だけで時給1,000円。最低賃金1,226円を下回る。

最低賃金を下回る契約は、その部分が無効になり、最低賃金と同じ定めをしたものとみなされます(最低賃金法4条2項)。つまり「合意したから」では逃げられず、会社は差額を支払う義務を負います。

みなし時間を超えたら差額を払う義務がある(労基法37条)

固定残業代を払っていれば残業代は払わなくてよい、というのは誤りです。みなし時間を超えて働かせた分は、別途支払わなければなりません。労働基準法37条1項は、時間外労働に対して割増賃金(2割5分以上、1か月60時間を超える部分は5割以上)を支払わなければならないと定めており、これは当事者の合意で外せない強行規定だからです。

先ほどの例で、実際の残業が月40時間だったとします。みなし30時間を10時間超えているので、その10時間分は固定残業代とは別に支払う必要があります。

さらに、この求人にはもうひとつ問題があります。固定残業代4万円は、そもそも30時間分に足りていません。最低賃金を満たすように基本給を196,160円に直すと、1時間あたりの賃金は1,226円、割増(1.25倍)は1,532.5円になります。30時間分なら45,975円必要で、4万円では26.1時間分にしかなりません。「みなし30時間」と書きながら、実際には26時間分しか入っていない計算です。

残業時間 固定残業代でカバー(みなし30時間) 超過10時間 26.1時間 0h 30h 40h ・4万円 ÷ 1,532.5円(=1,226円×1.25) = 26.1時間分 … 「みなし30時間」に届いていない ・30時間を超えた10時間分は、固定残業代とは別に支払う義務がある(労基法37条)
最低賃金を満たす基本給196,160円で計算すると、30時間分の割増賃金は45,975円。固定残業代4万円では26.1時間分にしかならない。

有効な固定残業代の2つの条件

条文が「固定残業代の有効要件」を直接定めているわけではありませんが、上で見た37条・最賃法の構造から、実務上そのまま満たすべき条件が導けます。

①金額と時間数が判別できること。「月給25万円(固定残業代を含む)」としか書かれていないと、いくらが割増賃金なのか分からず、37条の割増賃金を支払ったと確認しようがありません。「基本給◯◯円、固定残業代◯◯円(時間外◯時間分)」と分けて示す必要があります。

②みなし時間を超えた分を精算すること。37条は強行規定なので、固定残業代を払ったことを理由に超過分の支払いを免れることはできません。

逆に、実際の残業がみなし時間に届かなかった月でも、固定残業代を減額することはできません。定額で支払うと約束した賃金だからで、一方的に差し引けば賃金の全額払いの原則(労基法24条1項「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」)に反します。足りなければ足す、余っても引かない——これが固定残業代の非対称なルールです。

踏み込んだ一段:年5日の年休だけ、罰則が軽い

労基法の罰則条文を読むと面白い事実が見つかります。119条1号は「第三十九条(第七項を除く。)」に違反した者を6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金としており、わざわざ7項だけを除外しています。その39条7項(年5日の時季指定義務)は120条1号に回され、30万円以下の罰金のみ。年次有給休暇を与えなかった罪には拘禁刑があるのに、5日取得させなかった罪は罰金だけ、と条文が切り分けているのです。割増賃金の不払い(37条違反)は前者で、拘禁刑がある側です。

社会保険料の「報酬」には算入される

最低賃金では「無いもの」として扱われた固定残業代ですが、社会保険料では確実に「有るもの」です。健康保険法3条5項は報酬を「賃金、給料、俸給、手当、賞与その他いかなる名称であるかを問わず、労働者が、労働の対償として受けるすべてのもの」と定義しているので、固定残業代も当然に含まれ、標準報酬月額を押し上げます。

先の例(東京都・30歳・令和8年度の協会けんぽ料率)で、当サイトの社会保険料計算機に計算させると次のようになります。

報酬月額標準報酬月額社会保険料(本人負担)
固定残業代あり(基本給16万+固定4万)200,000円200,000円28,380円
基本給16万円のみ160,000円160,000円22,704円
月 5,676円(年 68,112円)

固定残業代がある分だけ賃金が高いので保険料が上がるのは当然ですが、見落としやすいのは「残業していない月も、この保険料がかかり続ける」点です。固定残業代は定額で支払われるため、実際の残業がゼロの月でも報酬に入り、標準報酬月額は下がりません。手取りの感覚と保険料の水準がずれる原因のひとつです。

社会保険料計算機で、自分の月給の保険料を確かめる

よくある質問

Q. 固定残業代は最低賃金に含まれますか?

A. 含まれません。最低賃金法4条3項2号と同法施行規則1条2項1号が「所定労働時間をこえる時間の労働に対して支払われる賃金」を算入しないと定めているためです。月給20万円(固定残業代4万円込み・所定160時間)なら、最低賃金の判定に使えるのは基本給16万円だけで、時給は1,000円。東京都の最低賃金1,226円を下回り違法になります。

Q. 「月給25万円(固定残業代を含む)」としか書かれていません。有効ですか?

A. 金額と時間数が判別できない固定残業代は、割増賃金を支払ったと確認できないため、有効と認められない可能性が高いです。「基本給◯◯円、固定残業代◯◯円(時間外◯時間分)」のように、通常の労働時間の賃金と割増賃金部分が判別できる形で示す必要があります。

Q. みなし時間を超えて残業したのに、差額が支払われません。

A. 支払義務があります。労働基準法37条は時間外労働に対する割増賃金の支払いを義務づける強行規定で、固定残業代を払ったことを理由に超過分の支払いを免れることはできません。みなし30時間の月に40時間残業したなら、超過10時間分を別途請求できます。

Q. 残業がみなし時間に届かなかった月は、固定残業代を減らされますか?

A. 減額できません。固定残業代は定額で支払うと約束した賃金であり、実際の残業が少なかったことを理由に一方的に差し引けば、賃金の全額払いの原則(労働基準法24条1項)に反します。足りなければ足す、余っても引かない、という非対称な扱いになります。

Q. 固定残業代にも社会保険料はかかりますか?

A. かかります。健康保険法3条5項が報酬を「いかなる名称であるかを問わず、労働者が、労働の対償として受けるすべてのもの」と定義しているためです。固定残業代も標準報酬月額に算入され、実際の残業がゼロの月でも定額で支払われる以上、保険料はかかり続けます。

Q. 固定残業代は、残業代を計算するときの基礎になりますか?

A. なりません。割増賃金の基礎になるのは「通常の労働時間の賃金」であり、固定残業代はそれ自体が割増賃金だからです。なお労働基準法37条5項により、家族手当・通勤手当なども割増賃金の基礎から除かれます。

出典

本記事は一般的な情報提供を目的としたものです。個別の判断は所轄の労働基準監督署・社会保険労務士にご確認ください。