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脱退一時金とは — 返ってくるのは本人負担分の60月ぶんだけ。20.42%の源泉徴収は取り返せる

結論から言うと、厚生年金の脱退一時金で返ってくるのは、本人が給与から引かれた保険料の、最大60月ぶんだけです。会社が同額を納めている折半分は1円も返りません。そして60月を超えて働いた期間は、何年あっても金額に反映されません。10年勤めても、返る額は5年勤めた人と同じです。

もう1つ、実務でいちばん取りこぼされているのが税金です。厚生年金の脱退一時金からは20.42%が源泉徴収されます。ただしこれは取られっぱなしになる性質のお金ではなく、所得税法171条の「退職所得についての選択課税」を選んで173条の還付申告をすれば、多くの場合は全額が戻ってきます。60月・平均標準報酬額30万円のケースなら、源泉徴収された336,930円がまるごと還付の対象になります。

この記事では、請求できる人の条件、金額の決まり方、2年という期限の起算日、20.42%が引かれる条文上の理由と取り返し方、そして令和11年6月19日から請求できる人の範囲が狭まることまでを、条文を1本ずつ開いて確かめていきます。数字はすべてe-Gov法令検索の法令APIで取得した条文から計算したものです。

結論 — 脱退一時金は「本人負担分の60月ぶん」とほぼ一致する

脱退一時金は、日本国籍を持たない人が短期間だけ日本で働いて帰国するときに、納めた保険料の一部を一時金として受け取れる制度です。根拠は厚生年金保険法の附則29条で、本則ではなく附則に「当分の間」の措置として置かれています。

額の決まり方はこうです。

脱退一時金の額は、被保険者であつた期間に応じて、その期間の平均標準報酬額(被保険者期間の計算の基礎となる各月の標準報酬月額と標準賞与額の総額を、当該被保険者期間の月数で除して得た額をいう。)に支給率を乗じて得た額とする。

そして支給率の作り方が、この制度の性格をそのまま表しています。

前項の支給率は、最終月(最後に被保険者の資格を喪失した日の属する月の前月をいう。以下この項において同じ。)の属する年の前年十月の保険料率(最終月が一月から八月までの場合にあつては、前々年十月の保険料率)に二分の一を乗じて得た率に、被保険者であつた期間に応じて政令で定める数を乗じて得た率とし、その率に小数点以下一位未満の端数があるときは、これを四捨五入する。

算式の途中に置かれた「二分の一を乗じて」——ここが要点です。厚生年金の保険料は会社と本人で折半しているので、その半分とは本人が給与から引かれていた分のことです。つまり脱退一時金は、制度の設計上、本人負担分を月数ぶん積み上げた額になっています。

実際に計算すると、そのとおりになります。平均標準報酬額30万円・被保険者期間60月の人で比べてみます。

項目金額
本人が納めた保険料の概算(30万円 × 18.3% × 1/2 × 60月)1,647,000円
脱退一時金(30万円 × 支給率5.5)1,650,000円
3,000円

差の3,000円は、支給率を四捨五入したときに 5.49 が 5.5 へ切り上がった分です。脱退一時金は「本人が納めた分の返還」に、端数の丸めだけが乗ったものだと考えると、金額の見当がすぐつきます。

会社が納めた分は返らない 上の例で会社も同額の1,647,000円を納めています。合計3,294,000円が国に入っているのに、本人に返るのは1,650,000円だけです。「払った保険料が全部戻る」と説明すると、あとで必ず食い違います。返るのは半分です。

請求できるのは誰か — 1つの入口と、3つの出口

附則29条1項は、請求できる人をこう定めています。

当分の間、被保険者期間が六月以上である日本国籍を有しない者(国民年金の被保険者でないものに限る。)であつて、第四十二条第二号に該当しないものその他これに準ずるものとして政令で定めるものは、脱退一時金の支給を請求することができる。

入口の条件は次の4つです。

条件中身
期間厚生年金の被保険者期間が6月以上
国籍日本国籍を有しないこと
資格国民年金の被保険者でないこと(=日本に住所を残していると被保険者のままになる)
年金42条2号に該当しないこと=老齢厚生年金の受給資格期間(10年)を満たしていないこと

そのうえで、ただし書が3つの出口を置いています。1つでも当たれば請求できません。

該当すると請求できない場合
1号日本国内に住所を有するとき
2号障害厚生年金その他政令で定める保険給付の受給権を有したことがあるとき
3号最後に国民年金の被保険者の資格を喪失した日から起算して2年を経過しているとき(詳しくは後述

2号の「政令で定める保険給付」は厚生年金保険法施行令12条が定めており、障害手当金及び特例老齢年金、旧法による障害年金及び障害手当金、旧船員保険法による障害年金及び障害手当金の3つです。注意したいのは「受給権を有したことがある」という書き方で、いま受給しているかどうかではありません。過去に一度でも障害厚生年金の受給権が発生していれば、その時点で脱退一時金の道は閉じます。

「10年に届いていないこと」が条件である理由 42条2号は老齢厚生年金の要件のうち保険料納付済期間等が10年以上あることを指しています。10年に届いていれば、日本を離れても将来は老齢厚生年金を受け取れます。脱退一時金は、その道が無い人のための制度なので、両方は選べません。実際、附則29条5項は「脱退一時金の支給を受けたときは、支給を受けた者は、その額の計算の基礎となつた被保険者であつた期間は、被保険者でなかつたものとみなす。」と書いており、受け取った瞬間に、その期間は年金の計算から消えます

いくら返るか — 支給率は表ではなく計算で出る

支給率は「早見表を覚えるもの」として説明されがちですが、条文を読むと計算で出せる数です。材料は2つだけです。

  1. 保険料率 — 厚生年金保険法81条4項の表の最終行が「平成二十九年九月以後の月分 千分の百八十三・〇〇」。つまり18.3%で固定されています。
  2. 政令で定める数 — 厚生年金保険法施行令12条の2が、被保険者期間の区分ごとに数を定めています。
法附則第二十九条第四項に規定する政令で定める数は、次の表の上欄に掲げる被保険者であつた期間に係る被保険者期間の区分に応じて、それぞれ同表の下欄に定める数とする。

この2つを附則29条4項の算式(保険料率 × 1/2 × 政令で定める数 → 小数点以下1位未満を四捨五入)に入れると、支給率がそのまま出ます。

支給率はこの4段でできている(厚年法附則29条4項) 保険料率 18.3% × 1/2 =本人負担分 × 政令で定める数 (6〜60・施行令12条の2) 四捨五入 (小数第1位まで) 例:60月のとき 0.183 × 0.5 × 60 = 5.49 → 四捨五入して 支給率 5.5 脱退一時金 = 平均標準報酬額 × 支給率 (附則29条3項) 例:平均標準報酬額 300,000円 × 5.5 = 1,650,000円
支給率は暗記するものではなく、保険料率18.3%の半分に施行令の数を掛けて四捨五入した結果。だから保険料率が動けば支給率も動く。

計算結果を並べると次のようになります。「素の率」は四捨五入する前の値です。

被保険者期間政令で定める数素の率支給率
6月以上12月未満60.5490.5
12月以上18月未満121.0981.1
18月以上24月未満181.6471.6
24月以上30月未満242.1962.2
30月以上36月未満302.7452.7
36月以上42月未満363.2943.3
42月以上48月未満423.8433.8
48月以上54月未満484.3924.4
54月以上60月未満544.9414.9
60月以上605.4905.5

ここで気づいてほしいのが区分の刻み方です。数は6か月きざみでしか増えません。35月と30月は同じ「30」で、支給額もまったく同じです。1か月違いで区分をまたぐと、6か月ぶん一気に増えます。

平均標準報酬額ごとの支給額は次のとおりです(1円未満切捨てで表示)。

平均標準報酬額6月12月18月24月30月36月42月48月54月60月
200,000円100,000220,000320,000440,000540,000660,000760,000880,000980,0001,100,000
250,000円125,000275,000400,000550,000675,000825,000950,0001,100,0001,225,0001,375,000
300,000円150,000330,000480,000660,000810,000990,0001,140,0001,320,0001,470,0001,650,000
400,000円200,000440,000640,000880,0001,080,0001,320,0001,520,0001,760,0001,960,0002,200,000
500,000円250,000550,000800,0001,100,0001,350,0001,650,0001,900,0002,200,0002,450,0002,750,000
保険料率が変わっていた時期に働いていた人でも、率は「最終月」で決まる 附則29条4項が使うのは、被保険者期間中の平均ではなく最終月の属する年の前年10月の保険料率(最終月が1月から8月までなら前々年10月)です。保険料率は平成29年9月以後18.3%で固定されているので、いまはどの月に辞めても18.3%になります。ただし条文がこう書いている以上、率が動けば支給率も動きます。金額を計算する前に、まず81条4項の表の最終行を見るのが確実です。

60月で頭打ち — 5年を超えて働いた分は1円も増えない

施行令12条の2の表は、60月以上をすべて「60」にしています。上の表の最下段がそれです。ここが制度のいちばん大きな段差です。

被保険者期間支給率平均30万円のときの支給額
60月(5年)5.51,650,000円
84月(7年)5.51,650,000円
119月(9年11か月)5.51,650,000円

9年11か月働いた人も、5年働いた人と同じ額しか受け取れません。この間に納めた本人負担分だけでも約330万円ありますから、差額はそのまま返ってこないことになります。しかも附則29条5項により、受け取った期間は年金の計算から消えます。

一方、120月(10年)に達すると、今度は入口の条件である「42条2号に該当しないもの」を満たさなくなり、そもそも脱退一時金を請求できなくなります。代わりに、日本を離れたあとも老齢厚生年金を受け取る権利が残ります。

60月を超えたあたりがいちばん不利になる 5年ちょうどで帰る人は本人負担分をほぼ取り戻せます。10年に届く人は年金の権利が残ります。いちばん取り分が小さいのは、その間の6年目から9年目です。「もう少し働くかどうか」を本人から相談されたときは、この段差の存在だけは伝えられるようにしておくと親切です。なお、日本と社会保障協定を結んでいる国の出身であれば、脱退一時金を受け取らずに期間を通算するほうが有利になる場合があります。附則29条5項により脱退一時金を受け取ると期間が消えるため、受け取ったあとで通算に切り替えることはできません。どちらが有利かは相手国の制度によるので、請求前に日本年金機構または年金事務所に確認してください。
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国民年金の脱退一時金は、まったく別の式で決まる

脱退一時金は厚生年金だけの制度ではありません。国民年金にも同じ名前の制度があり、根拠は国民年金法附則9条の3の2です。ただし金額の決まり方は別物です。

脱退一時金の額は、基準月(請求の日の属する月の前月までの第一号被保険者としての被保険者期間に係る保険料納付済期間、保険料四分の一免除期間、保険料半額免除期間又は保険料四分の三免除期間のうち請求の日の前日までに当該期間の各月の保険料として納付された保険料に係る月のうち直近の月をいう。)の属する年度における保険料の額に二分の一を乗じて得た額に保険料納付済期間等の月数に応じて政令で定める数を乗じて得た額とする。

2つの制度を並べると違いがはっきりします。

項目厚生年金(厚年法附則29条)国民年金(国年法附則9条の3の2)
掛ける相手平均標準報酬額(報酬に比例する)基準月の属する年度の保険料の額(定額)
「1/2」の意味保険料率の折半=本人負担分保険料の額の半分(国民年金の保険料は全額本人負担)
期間の数え方被保険者期間の月数保険料納付済期間等の月数(免除期間は1/4免除なら3/4、半額免除なら1/2、3/4免除なら1/4に換算)
入口被保険者期間が6月以上保険料納付済期間等の月数が6月以上

国民年金側で見落としやすいのが免除期間の換算です。半額免除で24月納めていても、条文上は月数の2分の1、つまり12月としてしか数えません。「2年払ったのに区分が上がらない」という食い違いは、たいていここから来ます。

なお、両方の制度に加入していた人(会社員だった期間と、国民年金の第1号被保険者だった期間の両方がある人)は、それぞれに請求することになります。厚生年金保険法施行令15条は、両方を同時に請求する場合の事務の取扱いを定めています。

2年の期限は「出国した日」から数えない

脱退一時金でいちばん多い取りこぼしが、この2年の期限です。附則29条1項3号はこう書いています。

最後に国民年金の被保険者の資格を喪失した日(同日において日本国内に住所を有していた者にあつては、同日後初めて、日本国内に住所を有しなくなつた日)から起算して二年を経過しているとき。

ここを「出国した日から2年」と読むと外れます。条文が起算日にしているのは国民年金の被保険者の資格を喪失した日で、括弧書きは、その日にまだ日本国内に住所があった人についてだけ、起算日を、その後はじめて日本国内に住所を有しなくなった日へずらしています。

起算日は「資格喪失日」。ただし住所が残っていれば、住所が無くなった日へずれる ケースA 転出届を出してから出国した 資格喪失=住所も無い 2年経過=請求できない ← ここから2年 → ケースB 退職後も住民票を残したまま数か月いた 資格喪失 住所が無くなった日=起算日 2年経過 ← ここから2年 → ※ ケースBは資格喪失の時点でまだ住所があるので、時計は動き出さない(厚年法附則29条1項3号の括弧書き)
2年の起算日。日本を離れる前に資格を喪失していても、住所が残っていれば時計は動き出さない。

実務上いちばん効くのは、入口の条件「国民年金の被保険者でないものに限る」と、この3号がつながっていることです。日本に住所を残している間は国民年金の第1号被保険者になりうるので、そもそも請求できません。住民票を残したまま帰国してしまうと、請求できない状態が続くことになります。

20.42%が引かれる理由 — 準用リストに「第四十一条第一項」しか無い

厚生年金の脱退一時金を受け取ると、支給額から20.42%が源泉徴収されます。これは慣行ではなく、条文をたどると理由があります。

まず、年金の給付には原則として税金をかけない仕組みがあります。厚生年金保険法41条2項がそれです。

租税その他の公課は、保険給付として支給を受けた金銭を標準として、課することができない。ただし、老齢厚生年金については、この限りでない。

ここで脱退一時金は本則の「保険給付」ではなく、附則29条に置かれた別の給付だという構造が効いてきます。附則29条9項は、本則のどの規定を脱退一時金に持ってくるかを名指しで並べています。

第二条の五、第三十三条、第三十五条、第三十七条第一項、第四項及び第五項、第四十条の二、第四十一条第一項、第七十五条、第九十六条、第九十八条第四項並びに第百条の規定は、脱退一時金について準用する。

並んでいるのは「第四十一条第一項」だけです。41条1項は受給権の保護(譲渡・担保・差押えの禁止)で、公課の禁止を定めた2項は入っていません。同じ条の1項だけを名指しで拾っている以上、2項を落としたのは書き漏らしではなく書き分けと読むのが自然です。

「1項だけ」を見落とすと、逆の結論になる 条文の準用リストは「第四十一条」ではなく「第四十一条第一項」と項番号まで書いてあります。ここを条番号だけで読むと「公課の禁止も準用されている=非課税だ」という正反対の結論になります。準用リストは項番号まで読む——脱退一時金に限らず、附則で作られた給付を扱うときの共通の作法です。

公課の禁止が及ばないので、あとは所得税法の一般ルールに乗ります。所得税法31条が入口です。

次に掲げる一時金は、この法律の規定の適用については、前条第一項に規定する退職手当等とみなす。

同条1号が「国民年金法、厚生年金保険法…の規定に基づく一時金」を挙げているので、脱退一時金は退職手当等とみなされます。そして受け取る人は日本を離れた非居住者なので、所得税法161条1項12号ハの国内源泉所得になります。

第三十条第一項(退職所得)に規定する退職手当等のうちその支払を受ける者が居住者であつた期間に行つた勤務その他の人的役務の提供(内国法人の役員として非居住者であつた期間に行つた勤務その他の政令で定める人的役務の提供を含む。)に基因するもの

これが源泉徴収の対象になり、税率は所得税法213条1項1号の100分の20です。ここに復興特別所得税の2.1%が上乗せされて、実際に引かれるのが20.42%になります。

条文効果
1厚年法附則29条9項41条1項だけを準用=公課の禁止(2項)が及ばない
2所得税法31条1号脱退一時金を退職手当等とみなす
3所得税法161条1項12号ハ居住者だった期間の勤務に基因する退職手当等=国内源泉所得
4所得税法213条1項1号税率20%(+復興特別所得税2.1%=20.42%)

取り返す手順 — 納税管理人と選択課税

20.42%は取られっぱなしになる性質のお金ではありません。非居住者が退職手当等を受け取るときには、居住者と同じ計算に切り替える選択肢が用意されています。所得税法171条です。

その者は、前条の規定にかかわらず、当該退職手当等について、その支払の基因となつた退職(その年中に支払を受ける当該退職手当等が二以上ある場合には、それぞれの退職手当等の支払の基因となつた退職)を事由としてその年中に支払を受ける退職手当等の総額を居住者として受けたものとみなして、これに第三十条及び第八十九条(税率)の規定を適用するものとした場合の税額に相当する金額により所得税を課されることを選択することができる。

居住者として計算するということは、退職所得控除が使えるということです。所得税法30条3項1号は勤続年数20年以下の場合の控除額を「四十万円に当該勤続年数を乗じて計算した金額」とし、同条6項2号がその金額が80万円に満たないときは80万円とすると定めています。

勤続年数の数え方は所得税法施行令69条1項2号で、脱退一時金のようなみなし退職手当等については「支払金額の計算の基礎となつた期間」で数えます。そして同条2項が端数を切り上げます。

前項各号の規定により計算した期間に一年未満の端数を生じたときは、これを一年として同項の勤続年数を計算する。

先ほどの例(平均標準報酬額30万円・60月)で計算してみます。

項目金額
脱退一時金(30万円 × 5.5)1,650,000円
源泉徴収された所得税等(20.42%)336,930円
実際に受け取る額1,313,070円
退職所得控除額(40万円 × 5年)2,000,000円
退職所得の金額(控除額のほうが大きい)0円
還付を請求できる額336,930円

支給額が退職所得控除額を下回るかぎり、税額はゼロになります。源泉徴収された分は、まるごと戻る計算です。還付の請求は所得税法173条1項が定めています。

その者は、当該退職手当等に係る所得税の還付を受けるため、その年の翌年一月一日(同日前に同条に規定する退職手当等の総額が確定した場合には、その確定した日)以後に、税務署長に対し、次に掲げる事項を記載した申告書を提出することができる。

ここも読み落としやすいところです。原則は翌年1月1日以後ですが、括弧書きが「総額が確定した場合には、その確定した日」以後を認めています。脱退一時金だけで、その年に他の退職手当等が無いのであれば、支給が決まった時点で総額は確定します。年明けを待つ必要はありません。

ただし、日本に住所も居所も無い人が申告書を出すには、日本国内に納税管理人を立てる必要があります。国税通則法117条1項です。

納税申告書の提出その他国税に関する事項を処理する必要があるときは、その者は、当該事項を処理させるため、この法律の施行地に住所又は居所を有する者で当該事項の処理につき便宜を有するもののうちから納税管理人を定めなければならない。

そして同条2項が、納税管理人を定めたときは、その納税管理人に係る国税の納税地を所轄する税務署長に届け出なければならないとしています(解任したときも同じです)。定めるだけでは足りず、届出まで必要だという書き方になっています。

順番を間違えると、手間が跳ね上がる 納税管理人の届出は出国前に日本にいるうちに出しておくのが圧倒的に楽です。出国後に日本の税務署へ書類を出すのは、本人にとって現実的ではありません。実務の順序は、①出国前に納税管理人を決めて届け出る → ②出国して住民票を抜く → ③脱退一時金を請求する → ④支給決定通知書が届いたら納税管理人が還付を請求する、になります。①を飛ばすと、④で必ず詰まります。

令和11年6月19日から、再入国許可を持っていると請求できなくなる

ここから先は、いまはまだ効いていないが確実に来る変更です。附則29条1項は令和11年(2029年)6月19日に施行される改正で書き換わります。除外事由が3つから4つに増え、1号の文言も変わります。

いま(令和11年6月18日まで)令和11年6月19日から
1号日本国内に住所を有するとき日本国内に滞在するとき
2号障害厚生年金その他政令で定める保険給付の受給権を有したことがあるとき(同じ)
3号——再入国の許可(みなし再入国許可を含む)を受けているとき【新設】
4号(現3号)資格喪失日(住所があれば住所が無くなった日)から2年経過資格喪失日(1号または3号に該当していれば、そのどちらにも該当しなくなった日)から2年経過

新設される3号の条文はこうです。

出入国管理及び難民認定法(昭和二十六年政令第三百十九号)第二十六条第一項の規定による再入国の許可(同法第二十六条の二第一項(日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法(平成三年法律第七十一号)第二十三条第二項において準用する場合を含む。)又は第二十六条の三第一項の規定により当該許可を受けたものとみなされる場合を含む。)を受けているとき。

影響が大きいのはみなし再入国許可を含めていることです。在留カードを持って出国するときに再入国出国用の欄にチェックを入れると、みなし再入国許可を受けたことになります。これに当たっている間は、改正後は請求できません。

あわせて1号が「住所を有する」から「滞在する」に変わります。住民票を抜いても日本に滞在していれば1号に当たる、という形です。いまは住民票を抜けば1号を外れますが、改正後はそれだけでは足りません。

そして4号(現在の3号)の2年の起算日も、1号・3号のどちらにも該当しなくなった日に読み替わります。再入国許可を持ったまま出国している間は、2年の時計が動き出しません。期限が後ろにずれるという意味では請求者に有利に働きますが、その間ずっと請求できない状態が続きます。

いまの時点で誤って伝えないために 2026年8月27日現在、施行されているのは旧規定です。e-Gov法令検索で厚生年金保険法を開いたとき、既定で表示されるのは施行済みの版なので、上の新3号は出てきません。将来施行の版を見るには、リビジョンを指定して開く必要があります。ここでは法令API v2でリビジョンID 329AC0000000115_20290619_507AC0000000074 を取得し、施行日ごとに1本ずつ照合して、新旧が入れ替わるのが2029年6月19日であることを確かめました。

「8年になる」を確かめる場所は、法律ではなく政令

脱退一時金の上限を5年(60月)から8年(96月)へ引き上げる、という話を目にすることがあります。ここで押さえておきたいのは、その月数を決めているのが法律ではないことです。

附則29条4項は「被保険者であつた期間に応じて政令で定める数を乗じて得た率」としか書いておらず、実際の数(6から60まで)は厚生年金保険法施行令12条の2という政令にあります。つまり法律を改正しなくても、政令だけで上限は動きます

確かめる対象どこを見るか
請求できる人の範囲・支給率の算式厚生年金保険法附則29条(法律
上限月数(60か96か)厚生年金保険法施行令12条の2(政令
保険料率(18.3%)厚生年金保険法81条4項の表の最終行(法律

2026年8月27日にe-Gov法令APIで厚生年金保険法施行令のリビジョン一覧(24件)を取得したところ、最新は令和7年政令第223号による2025年6月20日施行版で、将来施行のリビジョンは1件もありませんでした。したがってこの日時点で、上限を96月に引き上げる政令は公布されていません。いま計算に使うべき上限は60月です。

この記事の数字も同じ理由で古くなります。確かめ方だけ書いておきます。

  1. e-Gov法令検索で厚生年金保険法施行令を開く
  2. 12条の2(法附則第29条第4項に規定する政令で定める数)を見る
  3. 表の最下行の区分がいまの60月以上のままか、96月以上などに変わっているかを見る
  4. 変わっていれば、支給率は 18.3% × 1/2 × その数 を四捨五入して計算し直す

会社側の実務 — 退職時に渡しておくもの

脱退一時金の請求そのものは本人が日本年金機構に対して行うもので、会社が代わりに手続きすることはできません。ただし、会社にしか出せない書類があり、それが揃っていないと本人は出国後に動けなくなります。

渡すものなぜ要るかいつ
年金手帳・基礎年金番号通知書(会社が預かっている場合)基礎年金番号が分からないと請求書が書けない退職時
資格喪失日が分かる書類(健康保険・厚生年金保険資格喪失確認通知書の写しなど)2年の起算日と、被保険者期間の月数の確認に使う喪失手続後
納税管理人の届出について案内する出国前に出しておかないと、還付請求で詰まる出国前
最後の給与明細・源泉徴収票年内の給与について年末調整または準確定申告の判断に使う最終給与の支払時

実務で間違えやすい点を最後にまとめます。

  1. 「保険料が全額戻る」と言わない。 返るのは本人負担分だけで、会社負担分は返りません。
  2. 「出国日から2年」と言わない。 起算日は資格喪失日(住所が残っていれば、住所が無くなった日)です。
  3. 住民票を残したまま帰国させない。 日本に住所があると国民年金の被保険者でありうるため、入口の条件を満たしません。
  4. 源泉徴収された20.42%を「引かれて終わり」と説明しない。 選択課税と還付申告の道があり、多くの場合は全額が戻ります。
  5. 納税管理人の届出は出国前に。 出国後に本人が日本の税務署とやりとりするのは現実的ではありません。
  6. 6年目から9年目の人には段差を伝える。 60月で頭打ちになり、120月に届けば年金の権利が残ります。その間がいちばん取り分が小さくなります。

よくある質問

Q. 脱退一時金を受け取ると、日本の年金はどうなりますか?

A. 受け取った額の計算の基礎になった期間は、年金の計算から消えます。厚生年金保険法附則29条5項が「脱退一時金の支給を受けたときは、支給を受けた者は、その額の計算の基礎となつた被保険者であつた期間は、被保険者でなかつたものとみなす。」と定めているためです。国民年金側も附則9条の3の2第4項が同じ構造になっています。将来ふたたび日本で働いて期間が積み上がっても、いったん受け取った期間は戻りません。社会保障協定による期間の通算を考えている場合は、受け取る前に有利不利を確かめてください。

Q. 10年働いたら、脱退一時金はもっと増えますか?

A. 増えません。厚生年金保険法施行令12条の2の表は60月以上をすべて「60」としているため、60月を超えた期間は支給率に反映されないからです。それどころか、保険料納付済期間等が120月(10年)に達すると、附則29条1項が求める「第四十二条第二号に該当しないもの」という条件を満たさなくなるため、そもそも脱退一時金を請求できなくなります。その代わり老齢厚生年金の受給資格が残るので、日本を離れたあとも所定の年齢から年金を受け取れます。どちらの扱いになるかは月数で決まるので、退職前に被保険者期間の月数を確認しておくのが確実です。

Q. 支給率はどの年の保険料率で計算されますか?

A. 厚生年金保険法附則29条4項は、最終月(最後に被保険者の資格を喪失した日の属する月の前月)の属する年の前年10月の保険料率とし、最終月が1月から8月までの場合は前々年10月の保険料率とすると定めています。被保険者期間中の平均ではありません。ただし同法81条4項の表は「平成二十九年九月以後の月分」を千分の百八十三・〇〇としており、現在はどの月が最終月であっても18.3%になります。率が固定されている間は、この規定を意識する場面はありません。

Q. 20.42%の源泉徴収は必ず戻ってきますか?

A. 必ずではありません。所得税法171条の選択課税を選ぶと居住者と同じ計算になり、退職所得控除額(勤続年数20年以下なら40万円に勤続年数を乗じた額、それが80万円に満たないときは80万円)を差し引いた残額の2分の1に税率を適用します。支給額が退職所得控除額以下であれば税額はゼロになり、源泉徴収された全額が還付の対象になります。支給額のほうが大きければ税額が生じるので、還付されるのは差額だけです。還付を受けるには所得税法173条1項の申告書を提出する必要があり、提出しなければ源泉徴収された金額がそのまま納税額として確定します。実際の税額計算と手続については税務署または税理士にご確認ください。

Q. 還付の申告は、年が明けるまで待たないといけませんか?

A. 待つ必要がないことがあります。所得税法173条1項は「その年の翌年一月一日(同日前に同条に規定する退職手当等の総額が確定した場合には、その確定した日)以後に」提出できると書いており、括弧書きが総額の確定日以後の提出を認めているためです。その年に受け取る退職手当等が脱退一時金だけで、支給額が確定しているのであれば、確定した日以後に提出できます。ただし、同じ年に会社からの退職金など他の退職手当等がある場合は、それらを合わせた総額が確定するまで待つことになります。

Q. 国民年金の脱退一時金と厚生年金の脱退一時金は、両方もらえますか?

A. それぞれの条件を満たしていれば、両方を請求できます。根拠となる条文が別で、厚生年金は厚生年金保険法附則29条、国民年金は国民年金法附則9条の3の2です。厚生年金保険法施行令15条は、厚生年金の脱退一時金を請求する人が同時に国民年金法附則9条の3の2の規定による脱退一時金も請求する場合の事務の取扱いを定めており、両方の請求が同時に行われることが制度上想定されています。ただし金額の計算式は別なので、それぞれの期間の要件(どちらも6月以上)を個別に満たす必要があります。

Q. 会社が本人の代わりに請求してあげることはできますか?

A. 脱退一時金の請求は本人が行うもので、会社が事業主として代行する仕組みは制度上ありません。会社ができるのは、基礎年金番号が分かる書類や資格喪失日が分かる書類を渡しておくこと、そして納税管理人の届出を出国前に済ませるよう案内することです。特に納税管理人は、出国後に日本の税務署とやりとりする窓口になるため、日本国内に住所または居所がある人(国税通則法117条1項)から選んで、出国前に届け出ておくのが確実です。

Q. 制度が変わるという話を聞きました。いま計算した金額は使えますか?

A. この記事の金額は2026年8月27日時点で施行されている条文と政令に基づいています。請求できる人の範囲については、令和11年6月19日施行の改正で除外事由が4つに増え、再入国許可(みなし再入国許可を含む)を受けている間は請求できなくなることが条文上確定しています。一方、上限月数を定めているのは厚生年金保険法施行令12条の2という政令で、同日時点で将来施行の改正は公布されていません。上限が動くと支給率がすべて変わるため、実際に計算する前に、e-Gov法令検索で施行令12条の2の表の最下行を確認してください。

出典

この記事は令和8年(2026年)8月27日時点でe-Gov法令検索の法令APIにより取得した条文に基づく一般的な情報提供であり、個別の事案についての相談に対する回答ではありません。筆者は税理士でも社会保険労務士でもありません。脱退一時金を請求できるかどうか、いくらになるかは被保険者記録によって決まるため、実際の請求にあたっては日本年金機構または年金事務所に、税額と還付の手続については所轄の税務署または税理士にご確認ください。

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