遺産分割協議書は「いつでも」作れる — ただし10か月・3年・10年の3つの時計が外から回っている
結論から言うと、遺産分割協議書そのものには法律上の期限がありません。民法907条1項は、共同相続人は「いつでも」その協議で遺産の全部または一部の分割ができると定めています。書式の定めもありません。市販の雛形と違う書き方をしても、それだけで無効になることはありません。
ところが実務で「早く協議書を作れ」と言われるのは、期限が協議書の外から3つ来るからです。①相続税の申告期限である10か月を過ぎて未分割のままだと、配偶者の税額軽減も小規模宅地等の特例も使えません。②協議が成立すると、相続登記の申請義務の3年がそこからもう一度回り出します。③相続開始から10年を過ぎると、特別受益も寄与分も主張できなくなります。
この3つは根拠になる法律がそれぞれ別で、起算日も違います。とくに②は「協議書を作った日」が起算日なので、急いで協議をまとめた人ほど新しい期限を背負うという、直感に反する形をしています。以下、条文で1つずつ確認します。なお相続税額そのものの計算は相続税 計算機に、相続登記の登録免許税は相続登記の登録免許税 計算機に譲ります。ここは金額ではなく、協議書と期限の話です。
協議そのものに期限はない — 907条は「いつでも」と書いている
遺産分割の協議について定めているのは民法907条です。第1項はこう書かれています。
共同相続人は、次条第一項の規定により被相続人が遺言で禁じた場合又は同条第二項の規定により分割をしない旨の契約をした場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる。
ここから3つ読み取れます。
- 期限がない。「いつでも」とあり、相続開始から何年以内という限定がありません。10年後でも20年後でも、協議で分割すること自体はできます。
- 一部だけの分割ができる。「全部又は一部」とあります。不動産だけ先に決めて預貯金を後回しにする、といった分け方が条文上認められています。相続税の申告期限に間に合わせるため、争いのない財産だけ先に分けるのは実務でよく使う手です。
- 禁じられている場合が2つだけある。被相続人が遺言で分割を禁じた場合(908条1項)と、共同相続人が分割をしない旨の契約をした場合(908条2項)です。
この2つの禁止にも上限があります。遺言による分割禁止は「相続開始の時から五年を超えない期間」まで、相続人どうしの分割禁止契約は「五年以内の期間」で、しかも908条2項ただし書が「その期間の終期は、相続開始の時から十年を超えることができない」と定めています。更新はできますが、通算で相続開始から10年が上限です(908条3項)。
907条2項は、協議が調わないとき、または協議をすることができないときは、各共同相続人が全部または一部の分割を家庭裁判所に請求できると定めています。この「家庭裁判所に請求した」という事実が、後述する10年の時計を止める鍵になります(904条の3第1号)。
外から来る3つの時計
協議書に期限はなくても、放っておくと不利になる期限が3つあります。根拠法令も起算日も別々です。
| 時計 | 期間 | 起算日 | 過ぎるとどうなるか | 根拠 |
|---|---|---|---|---|
| 税務 | 10か月 | 相続の開始があったことを知った日の翌日 | 未分割のまま申告することになり、配偶者の税額軽減・小規模宅地等の特例が使えない | 相続税法27条1項・19条の2第2項・55条、措置法69条の4第4項 |
| 登記 | 3年 | ①相続を知り所有権取得を知った日 ②遺産分割の日 | 正当な理由なく怠ると10万円以下の過料 | 不動産登記法76条の2第1項・2項、76条の3第4項、164条1項 |
| 民法 | 10年 | 相続開始の時 | 特別受益・寄与分を主張できなくなり、法定相続分で分けることになる | 民法904条の3 |
10か月の時計 — 未分割だと配偶者の税額軽減が使えない
相続税の申告期限は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内です(相続税法27条1項)。分割が済んでいないことを理由にこの期限が延びることはありません。国税庁タックスアンサー No.4208 も「分割されていないということで相続税の申告期限が延びることはありません」と明記しています。
では未分割のまま何を申告するのか。相続税法55条が答えを持っています。
相続若しくは包括遺贈により取得した財産に係る相続税について申告書を提出する場合又は当該財産に係る相続税について更正若しくは決定をする場合において、当該相続又は包括遺贈により取得した財産の全部又は一部が共同相続人又は包括受遺者によつてまだ分割されていないときは、その分割されていない財産については、各共同相続人又は包括受遺者が民法(第九百四条の二(寄与分)を除く。)の規定による相続分又は包括遺贈の割合に従つて当該財産を取得したものとしてその課税価格を計算するものとする。
つまり法定相続分で取得したものとみなして計算し、いったん納めるということです。ここで括弧書きに注意してください。「第九百四条の二(寄与分)を除く」とあります。介護に尽くしたから自分の取り分は多いはずだ、という主張は、未分割の申告では税額計算に一切反映されません。
使えなくなる特例は2つ
未分割で困るのは納税のタイミングだけではありません。金額そのものが変わります。配偶者の税額軽減について、相続税法19条の2第2項はこう定めています。
前項の相続又は遺贈に係る第二十七条の規定による申告書の提出期限(以下この項において「申告期限」という。)までに、当該相続又は遺贈により取得した財産の全部又は一部が共同相続人又は包括受遺者によつてまだ分割されていない場合における前項の規定の適用については、その分割されていない財産は、同項第二号ロの課税価格の計算の基礎とされる財産に含まれないものとする。
小規模宅地等の特例も同じ建て付けです。租税特別措置法69条の4第4項の本文はこうです。
第一項の規定は、同項の相続又は遺贈に係る相続税法第二十七条の規定による申告書の提出期限(以下この項において「申告期限」という。)までに共同相続人又は包括受遺者によつて分割されていない特例対象宅地等については、適用しない。
いくら変わるか — 相続財産1億円、配偶者と子2人の場合
数字にすると差がはっきりします。相続財産1億円、相続人は配偶者と子2人、債務・葬式費用はないものとして計算します。
- 基礎控除 = 3,000万円 + 600万円 × 3人 = 4,800万円(相続税法15条1項)
- 課税遺産総額 = 1億円 − 4,800万円 = 5,200万円
- 法定相続分で按分 = 配偶者 2,600万円/子 各1,300万円
- 各人の税額 = 配偶者 340万円(1,000万円×10% + 1,600万円×15%)/子 各145万円(1,000万円×10% + 300万円×15%)
- 相続税の総額 = 340万円 + 145万円 × 2 = 630万円(相続税法16条)
| 申告期限までに分割済み | 申告期限に未分割 | |
|---|---|---|
| 相続税の総額 | 630万円 | 630万円 |
| 配偶者の負担分 | 315万円 | 315万円 |
| 配偶者の税額軽減 | △315万円(全額) | 使えない |
| 子2人の負担分 | 315万円 | 315万円 |
| 納付する相続税 | 315万円 | 630万円 |
配偶者が法定相続分どおり2分の1(5,000万円)を取得する前提です。配偶者の税額軽減は、1億6,000万円と配偶者の法定相続分相当額のどちらか多い金額までは相続税がかからない制度なので(相続税法19条の2第1項2号、国税庁 No.4158)、5,000万円はまるごと軽減の範囲に入り、配偶者の税額315万円はゼロになります。分割が済んでいるかどうかだけで、納付額が315万円から630万円へ倍になります。
後述する分割見込書を出しておけば、3年以内に分割したときに更正の請求で取り戻せます。ただし一度は630万円を現金で納める必要があり、資金繰りの問題としては実在します。未分割の相続でいちばん多い相談がここです。
分割見込書を出せば3年、それでも無理なら承認申請
救済の道はあります。相続税法19条の2第2項ただし書は、分割されていない財産が申告期限から3年以内に分割された場合には税額軽減の対象になるとしています。措置法69条の4第4項のただし書も同じ構造です。
この救済を受けるには手続きが要ります。国税庁 No.4158 は、相続税の申告書または更正の請求書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付して提出しておくことを求めています。この書類を出し忘れると、3年以内に分割しても特例が使えません。添付が要件になっているのは、19条の2第3項が「明細の記載をした書類その他の財務省令で定める書類の添付がある場合に限り、適用する」と定めているためです。
3年でも足りないときは、さらに次の段があります。国税庁 No.4208 の質疑応答 Q1 によれば、訴えが提起されているなど一定のやむを得ない事情がある場合は、「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」を、申告期限後3年を経過する日の翌日から2か月を経過する日までに所轄税務署長へ提出して承認を受けます。承認後、分割ができることとなった日の翌日から4か月以内に分割されたときは特例が使えます。
| 段階 | いつまでに | 何を |
|---|---|---|
| 申告 | 知った日の翌日から10か月以内 | 法定相続分で申告し納税。「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付 |
| 分割成立 | 申告期限から3年以内 | 遺産分割協議書を作成 |
| 取り戻し | 分割が行われた日の翌日から4か月以内 | 更正の請求(相続税法32条1項) |
| それも無理なとき | 申告期限後3年を経過する日の翌日から2か月を経過する日まで | やむを得ない事由がある旨の承認申請書 |
更正の請求の根拠は相続税法32条1項です。同項は更正の請求ができる事由を第1号から第10号まで限定列挙しており、その第1号が「第五十五条の規定により分割されていない財産について……その後当該財産の分割が行われ」た場合です。期間は「当該各号に規定する事由が生じたことを知つた日の翌日から四月以内に限り」と定められています。
更正の請求の4か月は、協議が成立した日の翌日から回り始めます。協議書を作ってから税理士に相談するまで数か月置いてしまうと、それだけで間に合わなくなります。協議書ができたら真っ先に更正の請求の日程を押さえてください。
3年の時計 — 協議が成立した日から、また3年が回り出す
令和6年4月1日から相続登記の申請が義務になりました。ここで見落とされやすいのが、期限が1回では終わらないことです。不動産登記法76条の2はこう定めています。
所有権の登記名義人について相続の開始があったときは、当該相続により所有権を取得した者は、自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、当該所有権を取得したことを知った日から三年以内に、所有権の移転の登記を申請しなければならない。遺贈(相続人に対する遺贈に限る。)により所有権を取得した者も、同様とする。
これが第1項です。問題は第2項です。
前項前段の規定による登記(民法第九百条及び第九百一条の規定により算定した相続分に応じてされたものに限る。次条第四項において同じ。)がされた後に遺産の分割があったときは、当該遺産の分割によって当該相続分を超えて所有権を取得した者は、当該遺産の分割の日から三年以内に、所有権の移転の登記を申請しなければならない。
とりあえず法定相続分で登記しておいた人が、その後に遺産分割協議をまとめたとします。このとき協議が成立した日から新しく3年が始まります。相続開始からの3年とは別の時計です。
期限に間に合いそうにないときの逃げ道である「相続人申告登記」(76条の3第1項)も同じです。申出をすれば76条の2第1項の義務を履行したものとみなされますが(同2項)、76条の3第4項が次のように定めています。
第一項の規定による申出をした者は、その後の遺産の分割によって所有権を取得したとき(前条第一項前段の規定による登記がされた後に当該遺産の分割によって所有権を取得したときを除く。)は、当該遺産の分割の日から三年以内に、所有権の移転の登記を申請しなければならない。
そして罰則です。不動産登記法164条1項は、過料の対象となる条文を列挙するなかに「第七十六条の二第一項若しくは第二項又は第七十六条の三第四項」を挙げ、正当な理由がないのに申請を怠ったときは10万円以下の過料に処すると定めています。第2項も第4項も過料の対象です。第1項の3年さえ守ればよいわけではありません。
民法等の一部を改正する法律(令和三年法律第二十四号)附則5条6項は、この義務を施行日前に開始した相続にも適用するとしたうえで、76条の2第1項の「知った日」を「知った日又は第二号施行日のいずれか遅い日」に、第2項の「分割の日」を「分割の日又は第二号施行日のいずれか遅い日」に読み替えると定めています。第二号施行日は令和6年4月1日なので、それ以前に開始した相続については令和9年(2027年)3月31日までが一つの区切りになります。本稿執筆時点(令和8年8月)から7か月余りです。
登録免許税の計算と免税措置については 相続登記の登録免許税 計算機 に詳しく置いてあります。評価額100万円以下の土地は令和9年3月31日まで免税で、判定は1筆ごとです。
10年の時計 — 特別受益と寄与分が言えなくなる
3つ目は令和5年4月1日に施行された民法904条の3です。この条文はあまり知られていませんが、取り分そのものを変えてしまうという意味では最も重い期限です。
前三条の規定は、相続開始の時から十年を経過した後にする遺産の分割については、適用しない。ただし、次の各号のいずれかに該当するときは、この限りでない。
「前三条」とは903条(特別受益者の相続分)、904条(贈与の価額)、904条の2(寄与分)です。相続開始から10年が過ぎると、これらを持ち出せなくなり、原則として法定相続分で分けることになります。
具体的にはこうです。長男が生前に住宅資金として2,000万円の贈与を受けていて、長女が親の介護を10年続けていたとします。10年以内であれば、長男の特別受益と長女の寄与分を考慮して具体的相続分を計算します。10年を過ぎると、その事情は考慮されず、長男も長女も法定相続分どおり2分の1ずつになります。もらった側が得をし、尽くした側が損をする方向に働きます。
時計を止める方法は条文が2つ挙げています。
- 第1号:相続開始の時から10年を経過する前に、相続人が家庭裁判所に遺産の分割の請求をしたとき。協議書を作ることではなく、家裁への請求です。
- 第2号:10年の期間の満了前6か月以内に、遺産分割を請求できないやむを得ない事由が相続人にあった場合で、その事由が消滅した時から6か月を経過する前に家庭裁判所に請求したとき。
民法等の一部を改正する法律(令和三年法律第二十四号)附則3条は「新民法第九百四条の三及び第九百八条第二項から第五項までの規定は、施行日前に相続が開始した遺産の分割についても、適用する」としたうえで、904条の3第1号の「相続開始の時から十年を経過する前」を「相続開始の時から十年を経過する時又は民法等の一部を改正する法律(令和三年法律第二十四号)の施行の時から五年を経過する時のいずれか遅い時まで」と読み替えると定めています。
施行日は令和5年4月1日なので、施行の時から5年を経過する時=令和10年4月1日が下限になります。何十年も前の相続で未分割のまま放置されている土地がある場合、実務上は令和10年(2028年)3月31日までに家庭裁判所へ遺産分割の請求をすると押さえておくのが安全です。
協議書があっても、登記しないと第三者に負ける
ここまで期限の話をしてきましたが、期限とは別に、協議書を作っただけでは足りない場面があります。まず民法909条を見てください。
遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる。ただし、第三者の権利を害することはできない。
本文だけ読むと、協議で決まった瞬間に相続開始時までさかのぼって効力が生じるように読めます。ところが民法899条の2第1項が、こう定めています。
相続による権利の承継は、遺産の分割によるものかどうかにかかわらず、次条及び第九百一条の規定により算定した相続分を超える部分については、登記、登録その他の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができない。
「遺産の分割によるものかどうかにかかわらず」という文言が要点です。協議で「この土地は長男が全部取得する」と決めても、長男の法定相続分を超える部分については、登記を備えるまで第三者に主張できません。他の相続人の債権者がその相続人の法定相続分を差し押さえたら、登記が先か差押えが先かで決まります。
909条の遡及効と899条の2の対抗要件は、一見矛盾して見えますが役割が違います。遡及効は相続人どうしの内部の話、対抗要件は第三者との外部の話です。協議書は内部の合意を証明する書類であって、外部に対する主張力は登記が作ります。協議書ができたら登記まで一気にやるのが実務上の答えです。前節の3年の期限とも、ここで一致します。
協議書に何を書くか — 様式は自由でも、通らない書き方はある
民法に書式の定めはありません。手書きでもワープロでも、縦書きでも横書きでも構いません。しかし協議書は法務局(登記)と税務署(相続税申告)と金融機関(預貯金の解約)に出すものなので、そこで通る形にしておく必要があります。
相続人全員が当事者であること
907条1項の主語は「共同相続人」です。1人でも欠けた協議は無効になります。ここでよく漏れるのが次の人たちです。
- 前婚の子。戸籍を出生まで遡って確認しないと存在に気づけないことがあります。
- 代襲相続人。先に亡くなった子の子(孫)が相続人になります。
- 数次相続の相続人。協議がまとまらないうちに相続人の1人が亡くなると、その人の相続人が協議に加わります。
- 包括受遺者。相続人ではありませんが、907条1項の反対解釈ではなく990条により相続人と同一の権利義務を有するため、協議の当事者になります。
不動産は登記事項証明書のとおりに書く
住所(住居表示)ではなく所在・地番・地目・地積、建物なら所在・家屋番号・種類・構造・床面積を、登記事項証明書の記載どおりに書きます。「自宅の土地建物」といった書き方では登記が通りません。マンションなら敷地権の表示も要ります。私道の持分が別筆で残っていることが多く、これを落とすと後からもう一度協議書を作り直すことになります。
配偶者居住権を設定するなら、登記への協力まで書く
配偶者に建物の所有権ではなく配偶者居住権を取得させる分け方をするときは、その旨を協議書に書きます。民法1028条1項1号が、遺産の分割によって取得するものとされたときを取得の入口の1つとして挙げているためで、協議書がそのまま設定の根拠になります。あわせて存続期間(定めなければ終身)と、所有者が登記に協力する旨も書いておきます。1031条1項が登記を備えさせる義務を負わせているのは建物の所有者の側で、配偶者が単独で登記を入れることはできないからです。詳しくは配偶者居住権の記事で扱っています。
実印と印鑑証明書
民法は押印すら要求していませんが、登記実務では相続人全員の実印と印鑑証明書が求められます。そして相続税の申告でも同じものが要ります。国税庁 No.4158 は配偶者の税額軽減の手続きについて、こう書いています。
遺産分割協議書の写しには相続人全員の印鑑証明書(遺産分割協議書に押印したもの)も添付する必要があります。
括弧書きの「遺産分割協議書に押印したもの」が効いています。別の印鑑で押した協議書に、たまたま手元にあった印鑑証明書を付けても通りません。
後から財産が見つかったときの条項
「本協議書に記載のない財産および後日判明した財産については、相続人◯◯が取得する」あるいは「相続人全員で改めて協議する」という条項を入れておきます。これがないと、古い定期預金が1本出てきただけで全員の実印を集め直すことになります。
1通に全員が署名押印する方式でも、同じ内容の書面に1人ずつ署名押印した「遺産分割協議証明書」を人数分集める方式でも、登記は通ります。相続人が遠方に散っているときは後者のほうが早く、郵送で1人ずつ回す往復の時間を節約できます。
よくある落とし穴
- 「相続税がかからないから協議書は要らない」と考える。基礎控除以下なら申告は不要ですが、登記の3年の義務は相続税と無関係に発生します。過料は相続税がゼロでも科されます。
- 分割見込書の添付を忘れる。未分割で申告したこと自体は救済されますが、見込書がないと3年以内に分割しても配偶者の税額軽減も小規模宅地等の特例も使えません。申告書に添付する1枚です。
- 更正の請求の4か月を、協議書を作った月の月末から数える。相続税法32条1項は「事由が生じたことを知つた日の翌日から四月以内」です。起算は日単位です。
- 法定相続分で登記したから終わりだと思う。その後に協議をまとめたら、76条の2第2項により分割の日から3年以内にもう一度登記が要ります。
- 相続人申告登記で完了したと思う。76条の3第2項でみなされるのは第1段の義務だけです。協議で所有権を取得したら、第4項の3年が別に発生します。
- 「10年」を協議書の作成期限だと思う。904条の3で止まるのは特別受益・寄与分の主張であって、協議自体は10年後もできます。逆に、10年以内に協議書を作っても時計は止まりません。止めるのは家庭裁判所への請求です(904条の3第1号)。
- 寄与分を織り込んだつもりで未分割申告する。相続税法55条の括弧書きが寄与分を明示的に除いています。未分割の課税価格に寄与分は反映されません。
- 不動産だけ協議して預貯金を放置する。907条1項は一部分割を認めているので有効ですが、残った預貯金は未分割のままです。相続税の特例はその財産ごとに判定されます。
よくある質問
Q. 遺産分割協議書に期限はありますか?
A. 協議書そのものには法律上の期限がありません。民法907条1項が、共同相続人はいつでもその協議で遺産の全部または一部の分割ができると定めているためです。ただし外から3つの期限が来ます。相続税の申告期限である10か月を過ぎて未分割だと配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例が使えず、遺産分割が成立すると不動産登記法76条の2第2項によりその日から3年以内の登記申請義務が生じ、相続開始から10年を過ぎると民法904条の3により特別受益と寄与分を主張できなくなります。実務上は相続税の申告期限である10か月を目標にするのが安全です。
Q. 相続税の申告期限までに協議がまとまりません。どうなりますか?
A. 申告期限は延びません。国税庁タックスアンサー No.4208 が、分割されていないことを理由に相続税の申告期限が延びることはないと明記しています。相続税法55条により、未分割の財産は各相続人が法定相続分に従って取得したものとして課税価格を計算し、いったん申告と納税をします。このとき配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例は使えないため、納付額は分割済みの場合より大きくなります。相続財産1億円で配偶者と子2人のケースでは、分割済みなら315万円のところ未分割では630万円になります。
Q. 未分割で申告した後に協議がまとまったら、払い過ぎた相続税は戻りますか?
A. 戻せます。ただし2つの条件があります。1つは、最初の申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付しておくこと。もう1つは、申告期限から3年以内に分割することです。この2つを満たしたうえで、相続税法32条1項により、分割が行われたことを知った日の翌日から4か月以内に更正の請求をします。同項は更正の請求ができる事由を第1号から第10号まで限定列挙しており、未分割財産が分割されたことは第1号に当たります。4か月は短いので、協議書ができたらすぐ日程を押さえてください。
Q. 訴訟になっていて3年以内にも分割できそうにありません。
A. さらに救済があります。国税庁タックスアンサー No.4208 の質疑応答によれば、相続税の申告期限の翌日から3年を経過する日において相続等に関する訴えが提起されているなど一定のやむを得ない事情がある場合は、「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」を、申告期限後3年を経過する日の翌日から2か月を経過する日までに所轄税務署長へ提出して承認を受けます。承認を受けた後、判決の確定の日など分割ができることとなった日の翌日から4か月以内に分割されたときは、配偶者の税額軽減と小規模宅地等の特例を適用できます。
Q. とりあえず法定相続分で相続登記をしました。あとで遺産分割をしたら、もう一度登記が必要ですか?
A. 必要です。不動産登記法76条の2第2項が、法定相続分に応じた登記がされた後に遺産の分割があったときは、その分割によって法定相続分を超えて所有権を取得した者は当該遺産の分割の日から3年以内に所有権の移転の登記を申請しなければならないと定めています。同法164条1項は、この第2項を過料の対象条文として明示的に挙げているため、正当な理由なく怠ると10万円以下の過料の対象になります。相続開始から数えた3年とは別の時計が、協議が成立した日から回り出すと理解してください。
Q. 相続人申告登記をすれば、遺産分割はゆっくり進めても大丈夫ですか?
A. 第1段の義務は履行したものとみなされますが、そこで終わりではありません。不動産登記法76条の3第2項により、期間内に申出をした者は76条の2第1項の登記申請義務を履行したものとみなされます。しかし同条第4項が、その後の遺産の分割によって所有権を取得したときは当該遺産の分割の日から3年以内に所有権の移転の登記を申請しなければならないと定めており、164条1項はこの第4項も過料の対象に挙げています。相続人申告登記は時間を稼ぐ手段であって、義務を消す手段ではありません。
Q. 相続開始から10年を過ぎると、遺産分割はもうできないのですか?
A. 分割自体はできます。民法907条1項が「いつでも」と定めているためで、10年という制限はありません。変わるのは分け方の基準です。民法904条の3が、相続開始の時から10年を経過した後にする遺産の分割については903条から904条の2までの規定を適用しないと定めているため、特別受益と寄与分を考慮した具体的相続分ではなく、法定相続分で分けることになります。生前に多額の贈与を受けた相続人が得をし、介護などで貢献した相続人が損をする方向に働きます。
Q. 10年の期限を止めるには、協議書を作ればよいのですか?
A. 協議書では止まりません。民法904条の3第1号は、相続開始の時から10年を経過する前に相続人が家庭裁判所に遺産の分割の請求をしたときを除外事由としており、止めるのは家庭裁判所への請求です。第2号は、10年の期間の満了前6か月以内に遺産分割を請求できないやむを得ない事由があった場合に、その事由が消滅した時から6か月を経過する前に家庭裁判所に請求したときを挙げています。もっとも、10年以内に協議がまとまって分割が完了していれば、そもそも「10年を経過した後にする遺産の分割」に当たらないため904条の3の適用はありません。
Q. 令和5年4月1日より前に開始した相続にも、この10年のルールは適用されますか?
A. 適用されます。民法等の一部を改正する法律(令和三年法律第二十四号)附則3条が、新民法904条の3の規定は施行日前に相続が開始した遺産の分割についても適用するとしています。ただし読替えがあり、904条の3第1号の「相続開始の時から十年を経過する前」は「相続開始の時から十年を経過する時又は民法等の一部を改正する法律(令和三年法律第二十四号)の施行の時から五年を経過する時のいずれか遅い時まで」となります。施行日は令和5年4月1日なので、古い相続については施行の時から5年を経過する時が下限です。実務上は令和10年3月31日までに家庭裁判所へ遺産分割の請求をすると押さえておくのが安全です。
Q. 遺産分割協議書に決まった書式はありますか?
A. 法律上の書式の定めはありません。民法は協議の方式について何も定めていないため、手書きでもワープロでも、縦書きでも横書きでも有効です。ただし協議書は法務局と税務署と金融機関に提出するものなので、そこで通る形にする必要があります。不動産は登記事項証明書のとおりに所在・地番・地目・地積(建物は所在・家屋番号・種類・構造・床面積)を書き、相続人全員が実印で押印して印鑑証明書を添えます。国税庁 No.4158 は、遺産分割協議書の写しには遺産分割協議書に押印したものの印鑑証明書を添付する必要があるとしています。
Q. 相続人が1人だけの場合も遺産分割協議書は要りますか?
A. 協議は「共同相続人」が行うものなので、相続人が1人しかいなければ協議は成立しようがなく、協議書も作れません。この場合、相続登記は戸籍で単独相続であることを示して申請します。ただし相続放棄によって結果的に相続人が1人になった場合は、放棄した人の相続放棄申述受理証明書が別に要ります。なお相続人が1人でも、不動産登記法76条の2第1項の3年の申請義務は変わらず発生します。
出典
- e-Gov 法令検索「民法(明治二十九年法律第八十九号)」899条の2、904条の3、906条、907条、908条、909条(法令API v2 で令和8年6月24日施行のリビジョンを取得)
- e-Gov 法令検索「民法等の一部を改正する法律(令和三年法律第二十四号)」附則3条(遺産の分割に関する経過措置)、附則5条6項(相続登記の申請義務に関する経過措置)
- e-Gov 法令検索「相続税法(昭和二十五年法律第七十三号)」15条、16条、19条の2、27条、32条、55条(法令API v2 で令和8年4月1日施行のリビジョンを取得)
- e-Gov 法令検索「租税特別措置法(昭和三十二年法律第二十六号)」69条の4(法令API v2 で令和8年8月12日施行のリビジョンを取得)
- e-Gov 法令検索「不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)」76条の2、76条の3、164条(法令API v2 で令和8年6月24日施行のリビジョンを取得)
- 国税庁 タックスアンサー No.4158「配偶者の税額の軽減」(令和7年4月1日現在法令等)
- 国税庁 タックスアンサー No.4208「相続財産が分割されていないときの申告」および同質疑応答 Q1「遺産分割が行われていない場合の各種特例の適用手続」(令和7年4月1日現在法令等)
- 国税庁 タックスアンサー No.4124「相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)」(令和7年4月1日現在法令等)
この記事は一般的な情報提供であり、個別の税務・法務相談ではありません。実際の申告・登記の判断は、税理士・司法書士など有資格者にご確認ください。