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特定口座(源泉徴収あり)と確定申告 — 原則不要の根拠は措置法37条の11の5。あえて申告すると住民税と保険料に波及する

結論から言うと、特定口座で「源泉徴収あり」を選んでいる場合、その口座の株や投資信託の譲渡益・配当は確定申告をしなくてよいのが原則です。証券会社が支払いの都度、譲渡益に対して所得税15.315%(復興特別所得税を含む)を源泉徴収し、住民税5%を特別徴収して納めるため、税金の徴収はその場で完結しています。確定申告から除外できる法的根拠は租税特別措置法37条の11の5で、配当側は同法8条の5です。

ここで押さえておきたいのは、申告不要が「申告してはいけない」ではなく口座ごとに選べる選択肢だということです。複数の証券口座の利益と損失を相殺(損益通算)したいときや、譲渡損失を翌年以後3年間繰り越したいときは、あえて確定申告をすることで天引きされた税金が戻ることがあります。

ただし、あえて申告すると影響は所得税だけにとどまりません。現行の地方税法は、所得税の確定申告書に記載した時点で住民税側の除外も解除されるつくりになっており(32条13項・15項)、申告した所得は住民税の総所得金額や合計所得金額に算入されます。そこから国民健康保険料・扶養の判定・住民税非課税の判定へと一般に波及します。特に「繰越損失をぶつけて税額はゼロなのに、扶養からは外れた」という形の落とし穴は、合計所得金額が繰越控除適用前の金額で判定されることを知らないと避けられません。以下、条文を追いながら順に整理します。

申告不要になる仕組み — 4つの条文の役割分担

「特定口座(源泉徴収あり)なら確定申告不要」という結論は、租税特別措置法の37条の11の3から37条の11の6までの4つの条文が分担して作っています。それぞれの役割を先に俯瞰すると、制度の全体が見えます。

条文見出しやっていること
措置法37条の11の3特定口座内保管上場株式等の譲渡等に係る所得計算等の特例特定口座の中の損益を口座の外と区分して計算する。年間取引報告書の作成・交付義務もここ(7項)
措置法37条の11の4特定口座内保管上場株式等の譲渡による所得等に対する源泉徴収等の特例「源泉徴収あり」を選んだ口座(源泉徴収選択口座)の譲渡益から、支払いの都度15%の所得税を源泉徴収する
措置法37条の11の5確定申告を要しない上場株式等の譲渡による所得源泉徴収選択口座の譲渡損益を、所得税の計算から除外して申告できる(=申告不要の選択)
措置法37条の11の6源泉徴収選択口座内配当等に係る所得計算及び源泉徴収等の特例配当を源泉徴収選択口座に受け入れて区分計算し、口座内の譲渡損失と自動で通算して源泉徴収税額を再計算する(6項・7項)

申告不要の中核である37条の11の5第1項は、次のように書かれています(長い条文なので中略します)。

その年分の所得税に係る源泉徴収選択口座を有する居住者又は恒久的施設を有する非居住者で、当該源泉徴収選択口座につき次の各号に掲げる金額を有するものは、その年分の所得税については、……所得金額の計算上当該各号に掲げる金額……を除外したところにより、……の規定を適用することができる。

要点は文末が「適用することができる」であることです。申告しない義務ではなく、申告に含めるか除外するかを納税者が選べる、という規定です。国税庁タックスアンサーNo.1476も、源泉徴収口座内の譲渡所得は「口座ごとに、申告するまたは申告不要とすることの選択をすることができます」としています。配当・分配金についても、源泉徴収選択口座に受け入れたものは措置法8条の5(確定申告を要しない配当所得等)により同じ構造で申告不要を選べます(こちらも口座ごとの選択で、1回の支払ごとには選べません)。ただしここで言う上場株式等の配当には範囲の限定があり、支払に係る基準日にその会社の発行済株式の3%以上を保有する個人(大口株主等)が受けるものは、はじめから除かれています(措置法8条の4第1項1号・9条の3第1号)。この3%の判定には、本人単独では3%未満でも、その人を判定の基礎とする同族会社の保有分と合算して3%以上になる場合が含まれます(措置法8条の4第1項1号のかっこ書き。令和5年10月1日以後に支払われる配当から)。大口株主等が受ける配当は総合課税しかなく、この記事で説明する申告不要の仕組みには乗りません。★注意したいのは、この合算のかっこ書きは源泉徴収の税率を決める9条の3第1号には無いことです。同号の「大口株主等」は本人単独で3%以上を有する個人だけを指すので、合算してはじめて3%に届く人は15.315%+配当割5%で天引きされたうえ、申告では総合課税しか選べません。天引きの税率を見て申告方式を判断すると外します(配当金の確定申告の記事で条文を並べて解説しています)。

さらに踏み込むと、37条の11の5には目立たない2項があります。

前項に規定する居住者又は恒久的施設を有する非居住者のその年分の所得税について国税通則法第二十五条の規定による決定(当該決定に係る同法第二十四条又は第二十六条の規定による更正を含む。)をする場合におけるこれらの規定の適用については、同項各号に掲げる金額は、これらの条に規定する課税標準等には含まれないものとする。

国税通則法25条の「決定」とは、申告すべき人が申告しなかったときに税務署長が職権で税額を確定させる処分です。その場面ですら源泉徴収選択口座の金額は課税標準に含まれないと明記されています。源泉徴収あり口座の中で完結した損益は、申告に含めると自分で選ばない限り、所得税の世界に登場しない — 制度の徹底ぶりがよく分かる条文です。

なお「源泉徴収あり」にするには、その年最初の譲渡(または信用取引等の差金決済)の時までに、証券会社へ特定口座源泉徴収選択届出書を出しておく必要があります(37条の11の4第1項)。選択は年単位で、年の途中で「なし」に変更することはできません(タックスアンサーNo.1476)。配当を口座に受け入れて損失と通算するには、別途源泉徴収選択口座内配当等受入開始届出書の提出が必要です。実際には口座開設時や証券会社のウェブサイト上でこれらを選択する形になっていることが多く、書面の名前を意識する場面は少ないはずですが、法律上はこの2つの届出が仕組みの入口です。

天引きされている20.315%の中身

源泉徴収あり口座で譲渡益が出ると、支払いの都度、次の内訳で合計20.315%が差し引かれます。

内訳税率根拠
所得税15%措置法37条の11の4第1項(「百分の十五の税率」)
復興特別所得税0.315%復興財源確保法28条2項(所得税額の2.1%。15%×2.1%=0.315%)
住民税(株式等譲渡所得割)5%地方税法71条の49(「株式等譲渡所得割の税率は、百分の五とする」)
合計20.315%

たとえば年間の譲渡益が50万円なら、所得税75,000円+復興特別所得税1,575円+住民税25,000円=101,575円が源泉徴収・特別徴収されています。配当も、源泉徴収選択口座に受け入れられる上場株式等の配当(発行済株式の3%以上を保有する大口株主等が受けるものを除く)については同じく所得税15.315%+住民税(配当割)5%です(措置法9条の3第1号・9条の3の2第1項・地方税法71条の28)。なお大口株主等が受ける配当はこの15%への軽減の対象外で、9条の3の2第1項のかっこ書きにより20%(復興特別所得税と合わせて20.42%)で源泉徴収されたうえ総合課税となります。

源泉徴収の根拠条文である37条の11の4第1項の末尾は、税率と納付期限をこう定めています。

……当該源泉徴収選択口座内調整所得金額に百分の十五の税率を乗じて計算した金額の所得税を徴収し、その徴収の日の属する年の翌年一月十日(政令で定める場合にあつては、政令で定める日)までに、これを国に納付しなければならない。

徴収した税金の国への納付期限は「翌年1月10日」です。では、年の途中で利益に課税された後、年末までに損失が出たらどうなるのか。その答えは同条3項にあり、その年の通算後の所得(源泉徴収口座内調整所得金額)がそれまでの水準を下回ることになったときは、証券会社は「その都度」、その下回った部分に15%を乗じた所得税を還付しなければならないと定めています。年の途中で利益が出て天引きされても、年末までに損失で相殺されれば、確定申告を待たずに口座の中で戻ってくる — これが源泉徴収あり口座の「自動精算」の正体です。口座に受け入れた配当と譲渡損失との通算も、同じように年末に再計算され、取りすぎ分は証券会社から還付されます(37条の11の6第6項・7項)。

なお、令和9年1月1日以後に徴収される分からは、復興特別所得税の税率が2.1%から1.1%に下がり、代わりに新設される防衛特別所得税(所得税額の1%)が併せて徴収されます。合計は2.1%のままなので、20.315%という数字は令和9年以後も変わりません(施行前の改正法を実読して確認。出典参照)。

年間取引報告書の読み方 — 交付は翌年1月31日まで(取引のない年は例外)

特定口座を開いていると、源泉徴収の有無にかかわらず、証券会社は1年分の取引をまとめた特定口座年間取引報告書を2通作成し、翌年1月31日までに1通を税務署へ提出し、1通を本人に交付します(措置法37条の11の3第7項、施行規則18条の13の5)。年の途中で口座を廃止した場合は、廃止した月の翌月末日までです。多くの証券会社では書面に代えて電子交付されます。

ただし無条件ではありません。同条8項が例外を置いています。

金融商品取引業者等に開設されていた特定口座で、その年中に当該特定口座に係る特定口座内保管上場株式等の譲渡及び当該特定口座で処理した信用取引等に係る上場株式等の譲渡並びに当該特定口座への上場株式等の配当等の受入れが行われなかつたものがある場合には、当該金融商品取引業者等は、前項の規定にかかわらず、当該特定口座に係る同項の規定による報告書を当該特定口座を開設した居住者又は恒久的施設を有する非居住者に対して交付することを要しない。ただし、当該居住者又は恒久的施設を有する非居住者の請求があるときは、当該報告書をその者に交付しなければならない。

つまり、その年に譲渡も信用取引等の差金決済も配当等の受入れも無かった特定口座については、証券会社は報告書を交付しなくてよいことになっています。口座を開いたまま1年間取引しなかった年に報告書が届かなくても異常ではありません。必要なら請求すれば交付されます(同項ただし書)。

特定口座年間取引報告書(交付は翌年1月31日まで・税務署にも同じものが提出される) 確定申告する場合は、この数字をそのまま申告書に転記する ① 譲渡(売買)の損益 ・譲渡の対価の額(収入金額) ・取得費+譲渡に要した費用の額 ・差引金額(=年間の譲渡損益。 マイナスなら譲渡損失) ② 天引きされた税額 ・源泉徴収税額(所得税15.315%分) ・株式等譲渡所得割額(住民税5%分) ①がマイナスならここは0円 ③ 受け入れた配当等 ・配当等の額(銘柄・種類別) ・源泉徴収税額と配当割額 ・譲渡損失と通算した場合の 納付税額・還付税額 ①の損失と③の配当は口座内で自動通算され、払いすぎた税は証券会社から還付済み(措置法37条の11の6第6項・7項) = 口座が1つで年内に完結しているなら、この報告書は「保管するだけ」でよい
年間取引報告書の3つのブロック。記載事項は措置法施行規則18条の13の5第2項が定めており、譲渡の対価の額・取得費や費用の額・源泉徴収した所得税の額・株式等譲渡所得割の額・配当等の額・還付した所得税の額などが並ぶ。その年に譲渡も配当等の受入れも無かった口座は交付されないことがある(同条8項・請求すれば交付)。

読み方の要点は3つです。第一に、「差引金額」がマイナスなら源泉徴収税額は0円になっているはずで、その損失を他の口座の利益や翌年以後に使いたい場合だけ、確定申告の出番になります。第二に、取得費の計算はすでに終わっているということ。特定口座は証券会社が取得価額を管理して総平均法に準ずる方法で計算する仕組みなので、一般口座のように自分で取得費を復元する作業がありません。申告する場合も報告書の数字を転記するだけです。第三に、複数の証券会社に特定口座があれば、報告書は会社ごとに1通ずつ届きます。特定口座は1つの金融商品取引業者等につき1口座しか開けませんが(タックスアンサーNo.1476)、会社が違えば別々の口座です。どの口座を申告に含め、どの口座を申告不要のままにするかは、報告書の単位=口座の単位で選ぶことになります。

あえて申告する場合 — 損益通算・3年繰越・還付の一般論

申告不要のまま放置することが常に税額最小とは限りません。一般に、あえて申告することで天引き分が戻る典型は次の3つです。

場面何が起きるか根拠
複数口座の利益と損失を相殺A社の利益とB社の損失を申告でぶつけると、A社で天引きされた税の一部が還付される(損益通算)措置法37条の11・37条の12の2第1項
譲渡損失の繰越控除相殺しきれない損失を翌年以後3年間繰り越し、将来の譲渡益・配当所得等から控除する措置法37条の12の2第5項・6項
配当と譲渡損失の通算申告分離課税を選んで申告した配当所得等と譲渡損失を通算する(別口座の配当でも可)措置法37条の12の2第1項

計算例を1つ。A証券の特定口座(源泉徴収あり)で譲渡益80万円、B証券の特定口座で譲渡損失30万円が出た年を考えます。申告しなければ、A証券で天引きされた80万円×20.315%=162,520円で終わりです。両口座を申告して損益通算すると、課税対象は差引50万円になり、税額は50万円×20.315%=101,575円。差額の60,945円が還付される計算です(所得税分は確定申告で、住民税分は翌年度の住民税から控除・還付されます)。

住民税側の精算の仕組みも条文に手当てがあります。申告した特定口座の所得についてすでに特別徴収された5%分(配当割額・株式等譲渡所得割額)は、翌年度の住民税の所得割から控除され、控除しきれない分は還付されます。配分は道府県民税から5分の2、市町村民税から5分の3です(地方税法37条の4・314条の9)。

損失の年に申告しないと繰越は始まらない
譲渡損失の繰越控除は、損失が出た年分の確定申告書に付表を付けて申告し、その後も連続して確定申告書を提出することが要件です(措置法37条の12の2第7項)。源泉徴収あり口座は損失の年に何も天引きされないので「申告するものがない」と感じますが、その年に申告しておかないと、翌年に利益が出てから3年前の損失を持ち出すことはできません。また、源泉徴収口座内の譲渡損失を申告する場合、同じ口座に受け入れた配当等だけを申告不要のままにすることはできず、併せて申告することになります(タックスアンサーNo.1476)。口座の中で組み上がっている損失と配当の通算をほどいて申告に持ち出す以上、配当だけ置いていくことはできない、という理屈です。

逆に、申告に含めるかどうかの選択は確定申告書を出す段階で固まる性質のものです。一般に、いったん提出した後から「やはりあの口座も申告に含めたい(外したい)」という選び直しは認められないものとして取り扱われているため、複数口座がある年は、どの口座を含めるかを決めてから提出する流れになります。判断に迷う個別の事情がある場合の相談先は、所轄の税務署や税理士です。

申告すると住民税・保険料・扶養にどう波及するか

ここがこの記事の本丸です。あえて申告するかどうかを損得で考えるとき、所得税の還付額だけを見ると判断を誤ります。申告した所得は、住民税の課税標準と各種制度の「所得」判定に算入されるからです。

まず住民税の条文から。地方税法32条(道府県民税の所得割の課税標準)の12項と13項は、こう書かれています(市町村民税は313条12項・13項に同じ規定があります)。

特定配当等(第二十三条第一項第十五号ロに掲げるものを除く。以下この項において同じ。)に係る所得を有する者に係る総所得金額は、当該特定配当等に係る所得の金額を除外して算定するものとする。
前項の規定は、前年分の所得税に係る第四十五条の三第一項に規定する確定申告書に特定配当等に係る所得の明細に関する事項その他総務省令で定める事項の記載があるときは、当該特定配当等に係る所得の金額については、適用しない。

12項が原則=住民税の総所得金額から除外(5%の特別徴収で完結)、13項が例外=所得税の確定申告書に記載したら除外は解除、という構造です。特定口座の譲渡所得(特定株式等譲渡所得金額)についても14項・15項に同じ規定があります。かつては所得税と住民税で別々の課税方式を選ぶ申告実務が知られていましたが、現行の条文は除外が外れる条件を「所得税の確定申告書への記載」だけに紐づけているので、所得税だけ申告して住民税は申告不要のまま、という選び方はできません

除外が外れると何に響くのか。住民税の税額そのものは、特別徴収済みの5%が税額控除されるため大きくは動きません(前節のとおり損益通算があればむしろ還付されます)。効いてくるのは、住民税の所得情報を基礎に使う周辺の制度です。

波及先何が起きうるか
国民健康保険料・後期高齢者医療・介護保険料所得割の算定基礎(住民税の所得金額)に申告した譲渡益・配当が入り、保険料が上がることがある。自営業者・年金生活者・早期退職者に影響が大きい
配偶者控除・配偶者特別控除の判定合計所得金額に算入される。同一生計配偶者の所得要件は58万円以下(令和7年分以後。令和2年分〜令和6年分は48万円以下)。ただし58万円を超えても95万円以下(住民税は100万円以下)までは配偶者特別控除が同額で受け皿になる(所得税法83条の2・地方税法34条1項10号の2)
扶養控除の判定扶養親族の所得要件も58万円以下。こちらは58万円を超えると扶養控除(所得税38万円・住民税33万円など)が丸ごと消える。受け皿があるのは19歳以上23歳未満の特定親族特別控除(合計所得123万円以下・逓減)だけ(所得税法84条・84条の2)
住民税非課税の判定・各種給付非課税判定の所得、高額療養費の区分、給付金の所得判定などが動くことがある
会社員・公務員の健康保険と厚生年金原則影響しない。保険料は給与から決まる標準報酬月額に基づくため、金融所得を申告しても変わらない(被扶養者の認定は別の話で、健保組合ごとの基準による)

そして最大の落とし穴が、合計所得金額は繰越控除を適用する「前」の金額で判定されることです。国税庁の用語解説は、合計所得金額について「上場株式等に係る譲渡損失の繰越控除」を受けている場合はその適用前の金額をいう、と明記しています。

ここで扶養の判定は、相手が配偶者か配偶者以外かで壊れ方がまったく違います。まず配偶者。たとえば専業主婦(夫)が繰越控除を使うために譲渡益70万円を申告すると、合計所得金額は繰越控除前の70万円で判定されるので、同一生計配偶者の要件(58万円以下)は外れます。しかし配偶者には配偶者特別控除という受け皿があり、配偶者の合計所得金額が95万円以下なら控除額は配偶者控除と同額の38万円(控除を受ける側の所得区分に応じて26万円・13万円の場合も同額)です(所得税法83条・83条の2)。住民税も、配偶者の合計所得金額100万円以下までは同額の33万円(22万円・11万円)です(地方税法34条1項10号の2・314条の2第1項10号の2)。つまり所得70万円の配偶者の申告では、名前が配偶者控除から配偶者特別控除に変わるだけで、相手側の控除額は1円も減りません。控除が減り始めるのは95万円(住民税100万円)を超えてからで、133万円を超えると消滅します。

受け皿が無いのは配偶者以外の扶養親族です。たとえば、子の扶養に入っている67歳の親(他に所得なし)が、前年から繰り越した譲渡損失60万円と今年の譲渡益70万円を特定口座(源泉徴収あり)に持っているとします。繰越控除を使うために申告すると、課税される譲渡所得は70万−60万=10万円まで圧縮され、天引きされていた70万円×20.315%=142,205円のうち121,890円が還付されます。ところが扶養親族の判定は繰越控除前の70万円で行うので58万円を超え、その年、子は扶養控除(所得税38万円・住民税33万円)を丸ごと受けられなくなります。仮に子の限界税率が所得税10%とすると、38万円×10%+33万円×10%=約7.1万円の負担増。子の税率が高ければ増加分はさらに大きくなり、親自身の国民健康保険料や後期高齢者医療保険料の所得割にも70万円が入ってきます。還付だけを見ると得でも、世帯で通算すると差が縮み、逆転することもある——比べる相手は自分の還付額だけではない、というのがこの構図の要点です。なお19歳以上23歳未満の子だけは、58万円を超えても特定親族特別控除(合計所得金額123万円以下・85万円以下なら63万円で逓減)という受け皿があります(所得税法84条の2)。申告不要のままにしておけば、そもそも合計所得金額に入らないので、この問題は起きません。

「申告した方が得」は一枚岩ではない
所得税だけ見れば還付、住民税と保険料まで見れば負担増、という結果は珍しくありません。影響する変数は、国保か社保か、扶養に入っているか、繰越損失の有無、住民税非課税との距離、と人によって全く違います。この記事でできるのは仕組みと計算例の提示までで、どの選択がその人にとって最適かは個別の税務判断になります。迷う場合は税理士か所轄の税務署・市区町村の窓口が相談先です。

源泉徴収なし・一般口座との違い

最後に、口座の3類型を制度として比較しておきます。

特定口座(源泉徴収あり)特定口座(源泉徴収なし)一般口座
損益の計算証券会社が区分計算証券会社が区分計算自分で計算
年間取引報告書交付される(取引のない年は請求時のみ)交付される(取引のない年は請求時のみ)なし
源泉徴収(20.315%)されるされないされない
確定申告原則不要(口座ごとに申告も選べる)利益が出れば原則必要利益が出れば原則必要
配当の受け入れ・損失との自動通算できる(届出制)できないできない

「源泉徴収なし」(簡易申告口座)は、区分計算と年間取引報告書までは同じですが天引きがないため、利益が出た年は原則として確定申告が必要です。給与を1か所から受けていて給与・退職所得以外の所得が20万円以下なら所得税の申告をしなくてよい、いわゆる20万円ルールとの関係は副業20万円ルールの記事で扱っています(このルールは所得税だけの話で、住民税の申告は別途必要になる点まで含めて)。なおNISA口座(非課税口座)はこの3類型のさらに外側で、譲渡益にはそもそも所得税が課されず(措置法37条の14第1項)、損失は「ないものとみなす」ので損益通算にも使えません(同条2項)。

積立シミュレーターで特定口座・NISAの税引後を計算する(信託報酬の差も反映)

よくある質問

Q. 複数の証券会社に特定口座があります。1つだけ申告することはできますか?

A. できます。申告不要の選択は口座ごとです(国税庁タックスアンサーNo.1476)。たとえば損失が出たA社と利益が出たB社だけを申告して損益通算し、利益が出たC社は申告不要のまま、という組み合わせが可能です。申告に含めた口座の所得だけが合計所得金額などに算入されます。

Q. 源泉徴収ありの口座で譲渡損失が出ました。何もしなくてよいですか?

A. その口座では税金は天引きされていないので、放置しても納め過ぎにはなりません。ただし損失を翌年以後3年間の繰越控除や他口座との損益通算に使うには、損失が出た年分から連続して確定申告をすることが要件です(措置法37条の12の2)。申告しないままだと、その損失は翌年以後に使えなくなります。

Q. 申告すると扶養から外れると聞きました。配偶者でも同じですか?

A. 配偶者とそれ以外で分けて考える必要があります。申告した所得はその年の合計所得金額に算入され、判定は繰越控除を適用する前の金額で行うため、繰越損失で税額がゼロでも58万円以下(令和7年分以後)の要件を外れることがあります。ただし配偶者には配偶者特別控除の受け皿があり、合計所得金額95万円以下(住民税は100万円以下)までは控除額が配偶者控除と同額のまま減りません(所得税法83条の2)。一方、配偶者以外の一般の扶養親族は58万円を超えると扶養控除が丸ごと消えます(受け皿は19歳以上23歳未満の特定親族特別控除だけ)。国民健康保険料などへの影響は、扶養の種類にかかわらず生じえます。

Q. 外国株の配当の外国税額控除は、申告不要のままでも受けられますか?

A. 受けられません。外国税額控除は確定申告書等に明細書を添付して初めて適用される仕組みなので、申告不要のままでは起動しません。米国株の配当のように外国と日本で二重に源泉徴収されている場合の取り戻し方は、外国税額控除の記事で控除限度額の計算まで含めて解説しています。

Q. NISA口座の利益や損失も年間取引報告書に載りますか?

A. 載りません。NISA(非課税口座)は特定口座とは別の口座で、譲渡益に所得税が課されず(措置法37条の14第1項)、申告するものがないため報告書の対象外です。注意したいのは損失側で、NISA口座で出た損失は税法上「ないものとみなす」とされ(同条2項)、特定口座の利益との損益通算にも繰越控除にも使えません。

出典

この記事は一般的な情報提供であり、個別の税務相談や、特定の金融商品・口座の利用を勧めるものではありません。申告するかどうかの有利不利は、加入している医療保険、扶養の状況、繰越損失の有無、他の所得によって変わります。実際の申告にあたっては税理士・所轄の税務署・市区町村の窓口にご確認ください。

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