時効の援用とは — 期間が過ぎただけでは債権は消えない。旧法か新法かは請求日ではなく、債権の発生日と原因の契約(法律行為)の日で分かれる
結論から言うと、消滅時効は、期間が過ぎただけでは効きません。民法145条は、時効は当事者が援用しなければ「裁判所がこれによって裁判をすることができない」と定めています。つまり、5年なり10年なりが経過しても、債務者や保証人などが「その債権はもう時効です」と援用しないかぎり、その債権は法律上まだ生きています。裁判所も、当事者が言わないのに勝手に「時効ですね」とは言いません。
この一段が抜けると、実務は2方向に外れます。回収する側は「5年経ったからもう駄目だ」と早々にあきらめてしまい、支払う側は「時効になっているはずだから放っておけばよい」と考えて、うっかり一部だけ入金してしまう。後者は民法152条の承認にあたりうる行為で、承認にあたれば、当事者とその承継人の間で(153条3項)時効はその時から新たに進行を始めます。時効という制度で本当に効いているのは、期間そのものよりも「誰が、いつ、何を言ったか(何をしたか)」のほうです。
そしてもう一つ、実務でいちばん取り違えられているのが新旧の分かれ目です。2020年4月1日に改正民法が施行され、現行の166条1項が定める債権の一般の時効期間は、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年と、権利を行使することができる時から10年の二本立てです(167条から169条までに別の定めがあり、施行日前に生じた債権(施行日以後に生じ、その原因である法律行為が施行日前にされたものを含む)には附則10条4項により旧法の期間が残ります)。ところが、契約から生じる取引債権について、どちらの法律の期間が当てはまるかは、いつ請求したかやいつ支払期日が来たかではなく、債権が施行日前に生じたか、施行日以後に生じた債権でもその原因である法律行為(契約)が施行日前にされたかで決まります(附則10条1項のかっこ書き・4項)。2020年3月31日以前に結んだ契約から2026年に発生した売掛金は、いまでも旧法で判断します。
時効は自動では効かない — 145条の「援用しなければ」
民法145条は次のように定めています。
時効は、当事者(消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。
読みどころは2つあります。ひとつは「援用しなければ」。裁判所は、期間の経過を自分で見つけて判断してくれるわけではありません。訴えられた側が「時効を援用します」と主張して、はじめて時効が判断の材料になります。もうひとつはかっこ書きで、援用できるのは債務者本人だけではなく、保証人・物上保証人・第三取得者、そして「権利の消滅について正当な利益を有する者」も含む、と条文に明記されています。
このかっこ書きは、2020年4月1日施行の改正で入ったものです。改正前の145条は次のとおりで、保証人などの具体的な列挙はありませんでした。
時効は、当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。
本人が「時効だ」と言わなくても、連帯保証人の側が援用してくることがあります。主債務者が音信不通でも、保証人に請求した時点で援用が返ってくる、という順序は珍しくありません。回収を保証人に切り替えるときは、主債務の時効期間がどこまで進んでいるかを先に確認しておくことになります。
新法が適用される債権の一般の時効期間(166条1項)— 167条から169条までと旧法に別の定め
現行の166条1項は、消滅時効の期間を2つ並べています。
債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
その1号と2号が、それぞれ次の期間を定めています。
債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。
権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。(166条1項1号・2号。人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権は167条、定期金の債権は168条、判決等で確定した権利は169条に別の定めがあります)
この2つは「どちらか長いほう」ではなく、完成猶予や更新(147条から152条までなど)がなければ、先に期間が満了したほうで時効が完成します。1号は「知った時から」なので主観的起算点、2号は「行使することができる時から」なので客観的起算点と呼ばれます。
売掛金のような通常の取引債権では、支払期日は請求書にも契約書にも書いてあり、債権者はその日を当然に知っています。したがって主観的起算点と客観的起算点が同じ日に重なり、完成猶予や更新がなければ、5年のほうが先に満了するのが普通です。2号の期間のほうで満了するのは、完成猶予や更新がなく、1号の期間が2号の期間より先に満了しない場合(たとえば相続で引き継いだ債権の存在に気づかないまま時が過ぎたなど)です。
| 条文 | 起算点 | 期間 | 取引債権での実際 |
|---|---|---|---|
| 166条1項1号 | 権利を行使できることを知った時 | 5年 | 支払期日を知っていて2つの起算点が同じ日なら、完成猶予・更新がないかぎり、こちらが先に満了する |
| 166条1項2号 | 権利を行使することができる時 | 10年 | 完成猶予・更新がなく、1号の期間が2号の期間より先に満了しない場合に、こちらで満了する(知らないまま2号の期間が過ぎる場合を含む) |
| 167条 | 同上(生命・身体の侵害による損害賠償) | 20年 | 2号の「十年間」を「二十年間」と読み替える |
| 169条1項 | 169条は期間だけを定める(権利が確定したときに時効が新たに進行を始めるのは、147条2項により同条1項各号の事由が終了した時) | 10年 | 短い時効期間の債権でも10年に延びる(169条2項により、確定の時に弁済期が来ていない債権を除く) |
169条1項は、回収の実務では効き目の大きい条文です。
確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって確定した権利については、十年より短い時効期間の定めがあるものであっても、その時効期間は、十年とする。
つまり、10年より短い時効期間の定めがある債権でも、確定判決や確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定すれば、その時効期間は10年になります(169条2項により、確定の時に弁済期が来ていない債権を除く)。ただし169条2項が例外を置いていて、確定の時にまだ弁済期が来ていない債権には適用されません。分割払いで、判決などの確定の時にまだ弁済期が来ていない回は、この10年には乗らないということです。
169条2項の文言は次のとおりです。
前項の規定は、確定の時に弁済期の到来していない債権については、適用しない。
契約から生じる債権の分かれ目は請求日ではなく、発生日と原因契約の日(附則10条1項・4項)
ここが、この記事でいちばん取り違えられている点です。2020年4月1日の改正は、時効について経過措置を置いています。改正法(平成29年法律第44号)の附則10条1項は次のとおりです。
施行日前に債権が生じた場合(施行日以後に債権が生じた場合であって、その原因である法律行為が施行日前にされたときを含む。以下同じ。)におけるその債権の消滅時効の援用については、新法第百四十五条の規定にかかわらず、なお従前の例による。
そして同条4項が、期間についても同じことを言っています。
施行日前に債権が生じた場合におけるその債権の消滅時効の期間については、なお従前の例による。
読みどころは1項のかっこ書きです。「施行日以後に債権が生じた場合であって、その原因である法律行為が施行日前にされたときを含む」——つまり、債権そのものは施行日より後に発生していても、その原因になった契約が施行日前にされていれば、旧法で判断するということです。
継続的な取引先と2019年10月に結んだ基本契約を原因として2026年5月に発生した売掛金は、発生日だけを見れば施行日よりずっと後ですが、原因である基本契約は施行日前なので、消滅時効は旧法で考えます。一方、同じ取引先と2021年に新しい基本契約を結び直していれば、そこから生じる債権は新法です。「請求書の日付」ではなく「どの契約から生じた債権か」を見ることになります。
なお、附則10条2項は、施行日前に旧法147条の中断事由や旧法158条から161条までの停止事由が生じていた場合について、その効力もなお従前の例によるとしています。改正で「中断・停止」は「更新・完成猶予」に改められましたが、要件や効果まで一対一で対応しているわけではないため、古い債権を追うときはどちらの規定が適用されるかから確認することになります。
改正前は職業別に1年・2年・3年があった
旧法の一般原則は、旧167条1項の次の一文でした。
債権は、十年間行使しないときは、消滅する。
ところが、この10年には大量の例外がぶら下がっていました。短期消滅時効と呼ばれるもので、その例として、旧170条が3年、旧173条が2年、旧174条が1年を、旧174条の2により10年となる権利を除き、それぞれの条文に掲げる債権について定めていました(短期消滅時効の定めは、このほかに旧169条・旧172条にもあります)。経理でいちばん関係が深いのが旧173条です。
次に掲げる債権は、二年間行使しないときは、消滅する。
その1号は、生産者・卸売商人・小売商人が売却した産物・商品の代価に係る債権を挙げています。
生産者、卸売商人又は小売商人が売却した産物又は商品の代価に係る債権
旧173条には、このほかに2号と3号があります。
自己の技能を用い、注文を受けて、物を製作し又は自己の仕事場で他人のために仕事をすることを業とする者の仕事に関する債権
学芸又は技能の教育を行う者が生徒の教育、衣食又は寄宿の代価について有する債権
改正はこれらの短期消滅時効を廃止しましたが、施行日前に生じた債権(原因である法律行為が施行日前にされたものを含む)は、附則10条4項によりなお旧法の期間で判断します。現行の民法では、170条から174条までは「削除」とされています。旧法時代の主なものを並べると次のとおりです。
| 旧条文 | 期間 (旧174条の2により 10年となる権利を除く) | 対象になっていた債権(条文の言い方) |
|---|---|---|
| 旧170条1号 | 3年 | 医師、助産師又は薬剤師の診療、助産又は調剤に関する債権 |
| 旧170条2号 | 3年(工事が終了した時から) | 工事の設計、施工又は監理を業とする者の工事に関する債権 |
| 旧173条1号 | 2年 | 生産者、卸売商人又は小売商人が売却した産物又は商品の代価 |
| 旧173条3号 | 2年 | 学芸又は技能の教育を行う者が生徒の教育、衣食又は寄宿の代価について有する債権 |
| 旧174条3号 | 1年 | 運送賃に係る債権 |
| 旧174条4号 | 1年 | 旅館、料理店、飲食店、貸席又は娯楽場の宿泊料、飲食料、席料、入場料、消費物の代価又は立替金 |
前の章の経過措置と合わせて読むと、意味がはっきりします。2020年3月31日以前の契約から生じた、生産者・卸売商人・小売商人が売却した商品の代金の売掛金は、旧174条の2により10年となる権利を除き、旧173条1号の2年で判断するということです。「時効は5年」と覚えていると、旧法の2年が当てはまる債権で期間を取り違えます。逆に言えば、古い契約ほど時効は短い可能性があるので、放置している債権があるならそちらを先に見ることになります。
経理の行為が権利の承認にあたると、当事者とその承継人の間で時効が新たに進行する(152条・153条3項)
ここからは、支払う側・受け取る側の両方に効く話です。民法152条1項はこう定めています。
時効は、権利の承認があったときは、その時から新たにその進行を始める。(152条1項。153条3項により、この更新は、更新の事由が生じた当事者及びその承継人の間においてのみ効力を有します)
「新たにその進行を始める」——これが更新です(旧法では中断と呼ばれていたもの)。それまで積み上がった期間は、153条3項により当事者とその承継人の間でリセットされ、承認の時からもう一度数え直しになります。
怖いのは、承認が裁判の外でも成立することです。条文は形式を要求していません。実務で承認とみなされうる典型は次のようなものです。
- 一部だけ入金する——「とりあえず今月分だけ」の入金が、債務の存在を認めた行為として扱われる
- 支払猶予を申し入れる——「来月まで待ってほしい」は、債務があることが前提の申し出
- 残高確認書に押印して返す——決算期に監査法人や取引先から届く、あの確認書
- 相殺や値引きを申し入れる——残額について債務を認めていることになる
とくに残高確認書は、経理の担当者が定型業務として処理してしまう書類です。相手が「これで時効が更新される」と意識していなくても、152条は意識を要件にしていません。
さらに152条2項が、承認のハードルを下げています。
前項の承認をするには、相手方の権利についての処分につき行為能力の制限を受けていないこと又は権限があることを要しない。
承認をするのに処分の権限は要らない、と条文が明言しています。債権を放棄したり譲渡したりするような重い行為とは別の扱いになっている、ということです。
時効が近い債権について、相手から一部でも入金してもらう、あるいは支払計画の書面をもらうことができ、それが152条1項の権利の承認にあたれば、その時から期間が数え直しになります。153条3項は、この更新について「更新の事由が生じた当事者及びその承継人の間においてのみ、その効力を有する」と定めています。
援用されると起算日までさかのぼって消える(144条)
援用があったときの効き方も、条文が決めています。民法144条です。
時効の効力は、その起算日にさかのぼる。
「援用した日から消える」のではなく、起算日にさかのぼって、最初から無かったことになります。実務で差が出るのは利息・遅延損害金です。援用の日までの遅延損害金が残るわけではなく、元本が起算日にさかのぼって消えるので、そこから発生していたはずの遅延損害金も一緒に消えることになります。
もうひとつ、経理でよく問題になるのがすでに払ってしまったお金です。時効期間が過ぎた後に、それと知らずに支払ってしまった。この場合、援用していない以上その時点で債権は生きているので、支払いは有効な弁済です。そしてその支払い自体が152条の承認になりうるため、後から「あれは時効だった」と言って取り戻すという筋は通りにくくなります。時効は、気づいて使ってはじめて効く制度だということが、ここでも効いてきます。
「あらかじめ放棄」はできない(146条)
民法146条は短い条文です。
時効の利益は、あらかじめ放棄することができない。
契約書に「本契約から生じる債権について、債務者は消滅時効を援用しない」と書いても、あらかじめの放棄はできないので、その条項は効きません。強い立場の側が契約でこれを封じることを防ぐ規定です。
裏返すと、条文が禁じているのは「あらかじめ」の放棄です。時効が完成した後に、債務者が自分の判断でその利益を手放すこと自体は、この条文の禁止の外にあります。実務で「時効完成後に一部入金した」「支払う旨の書面を出した」というケースが問題になるのは、まさにこの区別があるためです。
取引基本契約のひな型に「時効を援用しない」旨の条項が入っていることがあります。146条によりあらかじめの放棄としては効かないので、この条項があるからといって古い債権が安全だと考えるのは危険です。時効を止めたいなら、条項ではなく次の章の3系統で実際に動かすことになります。
止める手は3系統ある(147条〜152条・158条〜161条)
時効の進行に手を打つ方法を、この記事では3つの系統に整理します。効き方が違うので、区別して使うことになります。
| 系統 | 条文 | 効き方 | 期間 |
|---|---|---|---|
| 更新(数え直し) | 147条2項・148条2項・152条1項(効力の及ぶ範囲は153条1項・3項、通知は154条) | 次の場合に限り、時効が新たに進行を始める。147条2項: 確定判決または確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定したときに、同条1項各号の事由が終了した時から。148条2項: 同条1項各号の事由が終了した時から(申立ての取下げまたは法律の規定に従わないことによる取消しによって終了した場合を除く)。152条1項: 権利の承認があった時から。これらの効力は、更新の事由が生じた当事者及びその承継人の間のみ(153条1項・3項)。148条1項各号の事由に係る手続は、時効の利益を受ける者に対してしないときは、その者に通知をした後でなければ更新の効力を生じない(154条) | — |
| 完成猶予(先送り) | 147条1項・148条1項・149条・150条・151条(効力の及ぶ範囲は153条1項・2項、通知は154条) | 各条の事由があり、その条文の要件を満たす場合に限り、各条の定める時まで完成しない。催告による猶予中にされた再度の催告(150条2項)、催告による猶予中にされた協議を行う旨の合意と、その合意による猶予中にされた催告(151条3項)には、完成猶予の効力がない。151条は書面または電磁的記録による合意に限り、施行日前にされた合意には適用されない(附則10条3項)。これらの効力は、完成猶予の事由が生じた当事者及びその承継人の間のみ(153条1項・2項)。148条1項各号・149条各号の事由に係る手続は、時効の利益を受ける者に対してしないときは、その者に通知をした後でなければ完成猶予の効力を生じない(154条) | 事由ごと |
| 猶予の特則 | 158条〜161条 | 158条1項: 時効の期間の満了前6か月以内の間に未成年者・成年被後見人に法定代理人がないとき(その未成年者・成年被後見人に対して完成しない)。158条2項: 未成年者・成年被後見人が、その財産を管理する父・母・後見人に対して権利を有するとき。159条: 夫婦の一方が他の一方に対して有する権利。160条: 相続財産に関するもの。161条: 時効の期間の満了の時に、天災その他避けることのできない事変のため147条1項各号・148条1項各号の事由に係る手続を行うことができないとき。いずれも右の列の時点まで完成しない | 158条1項: 行為能力者となった時または法定代理人が就職した時から6か月。158条2項: 行為能力者となった時または後任の法定代理人が就職した時から6か月。159条: 婚姻の解消の時から6か月。160条: 相続人が確定した時、管理人が選任された時または破産手続開始の決定があった時から6か月。161条: 障害が消滅した時から3か月 |
いちばん手軽なのが150条1項の催告です。
催告があったときは、その時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。(150条1項。151条3項により、協議を行う旨の合意によって時効の完成が猶予されている間にされた催告は、この完成猶予の効力を有しません)
ただし150条2項は、催告による完成猶予中にされた再度の催告に、完成猶予の効力を認めていません。
催告によって時効の完成が猶予されている間にされた再度の催告は、前項の規定による時効の完成猶予の効力を有しない。
つまり催告による完成猶予は催告の時から6か月で、その猶予中の再催告では延長できず(151条3項により、協議を行う旨の合意による猶予中にした催告には猶予の効力がありません)、6か月ごとに内容証明を送り続けても延び続けることはありません。催告は時効を数え直す(更新する)ものではなく、催告による猶予中の再度の催告(150条2項)と協議を行う旨の合意による猶予中の催告(151条3項)を除き、催告の時から6か月間だけ完成を猶予するもので(150条1項)、その間に訴訟などの準備をするための手であり、この完成猶予の効力は、完成猶予の事由が生じた当事者及びその承継人の間に限られます(153条2項)。また151条3項により、書面による協議の合意で完成が猶予されている間にした催告にも、猶予の効力はありません。この点は内容証明郵便の記事でも扱っています。
151条1項の協議を行う旨の合意を書面(または電磁的記録)でした場合は、合意から1年、合意で定めた1年未満の協議期間の経過、当事者の一方が協議の続行を拒絶する旨を書面で通知した時から6か月、のいずれか早い時まで時効が完成しません(151条3項により催告による猶予中にした合意には猶予の効力がなく、附則10条3項により施行日前にされた合意には151条は適用されず、153条2項によりこの完成猶予の効力は完成猶予の事由が生じた当事者及びその承継人の間に限られます)。猶予中に合意を重ねた場合も、151条2項のただし書により、猶予されなかったとすれば時効が完成すべき時から通じて5年を超えることはできません。151条3項により、催告による猶予中にした合意には猶予の効力がなく、附則10条3項により施行日前に書面でされた合意には151条は適用されません。話し合いを続けている間は無限に止まる、という制度ではありません。
より強い手段は147条1項の裁判上の請求・支払督促などです。確定判決などで権利が確定すれば、147条2項によりその手続が終了した時から時効が新たに進行し、10年より短い時効期間の定めがある債権でも、169条1項によりその期間は10年となります(169条2項により、確定の時に弁済期が来ていない債権を除き、153条1項により、147条による完成猶予と更新の効力は、その事由が生じた当事者及びその承継人の間に限られます)。手続そのものは支払督促と少額訴訟の記事に分けて書いています。
帳簿ではどう扱うか
ここまでは民法の話です。税務上、貸倒れとして損金の額に算入できるかどうかは別のルールで判断します。法人税の貸倒損失は法人税基本通達9-6-1から9-6-3までが定めており、要件も落とすタイミングも民法の時効とは一致しません。
実務で混乱しやすいのは、次のずれです。
- 時効期間が過ぎた——この時点では、援用がないかぎり債権は法律上まだ存在しています。「時効だから貸倒れ」と直結させることはできません
- 相手が援用した——債権は起算日にさかのぼって消滅します
- 援用できる者のだれからも援用されないまま、相手が音信不通——債権は時効によっては消滅していません。連絡が取れないことだけで全額回収できないとは決まらず、債務者の資産状況・支払能力等から判断することになります。この場合に何を根拠に落とすかは、通達の要件に当てはめて判断することになります
3つ目がいちばん多く、そしていちばん判断が要るところです。要件の中身は貸倒損失の記事に分けて書いていますので、そちらを参照してください。ここでは「民法で消えたかどうか」と「税務で落とせるかどうか」が別の問いであることだけ、はっきりさせておきます。
この記事の要点
- 時効は援用しなければ効かない(145条)。現行の145条では、援用できるのは債務者だけでなく保証人・物上保証人・第三取得者も含む(施行日前に生じた債権(施行日以後に生じ、原因である法律行為が施行日前のものを含む)の援用は、附則10条1項により従前の例による)
- 新法が適用される債権の一般の期間は、債権者が権利を行使できることを知った時から5年/権利を行使できる時から10年で、完成猶予・更新がなければ先に満了したほうで完成する(166条1項、ただし167条から169条までに別の定めがあり、施行日前に生じた債権(施行日以後に生じ、原因である法律行為が施行日前のものを含む)は附則10条4項により旧法の期間による)
- 新旧を分けるのは請求日ではなく債権の発生日と、その原因である法律行為(契約など)の日で、債権が施行日(2020年4月1日)前に生じたか、施行日以後に生じても原因である法律行為が施行日前にされていれば旧法による(附則10条1項のかっこ書き・4項)
- 旧法では、旧174条の2により10年となる権利を除き、生産者・卸売商人・小売商人が売却した産物・商品の代価に係る債権は2年(旧173条1号)。5年だと思っていると取り違える
- 一部入金・支払猶予の申し入れ・残高確認書は152条の承認になりうる。承認にあたれば、当事者とその承継人の間で(153条3項)、時効はその時から新たに進行する
- 催告による完成猶予は、協議を行う旨の合意による猶予中にした催告を除き(151条3項)、催告の時から6か月で、その猶予中の再催告では延長できない(150条1項・2項)。催告による完成猶予の効力は、完成猶予の事由が生じた当事者及びその承継人の間に限られる(153条2項)
- 税務上、貸倒損失として損金にできるかは民法ではなく法人税の通達で判断する
間違えやすいところ
1. 「5年経ったから、もう請求できない」と決めてしまう。 完成猶予や更新がなく時効が完成していても、相手が時効を援用できる状態になっただけです。援用されるまで債権は生きているので、請求することも、支払ってもらうこともできます。相手が時効に気づいていないケースは実際にあります。
2. 新旧を「請求書の日付」で判定する。 判定するのは、債権の発生日と、その原因である法律行為(契約など)の日です(附則10条1項・4項)。継続的な取引ほど、基本契約が古いまま更新されずに残っていることがあります。
3. 内容証明を6か月ごとに送り続ければ止まると考える。 150条2項が明文で否定しています。先の催告による完成猶予中の再催告では延長できません。
4. 契約書の「時効を援用しない」条項を当てにする。 146条により、あらかじめの放棄はできません。
5. 判決を取れば無条件に10年になると考える。 169条2項により、確定の時に弁済期が来ていない債権には適用されません。分割払いのうち、確定の時に弁済期が来ていない回は乗りません。
6. 「中断」と「更新」を同じ意味で使う。 改正で用語が入れ替わっており、旧法時代の中断・停止と現行の更新・完成猶予は、範囲も効き方も同じではありません。附則10条2項により、施行日前に生じた中断・停止事由の効力はなお従前の例によります。
よくある質問
時効の援用は、書面で出さないといけませんか?
民法145条は「援用しなければ」としか定めておらず、方式を要求していません。訴訟の中で主張することもできますし、裁判外で相手に伝えることもできます。ただし、方式が自由だということは、裏を返せば言ったことを後から証明しなければならないということでもあります。実務で内容証明郵便が使われるのは、条文が要求しているからではなく、いつ何を伝えたかを残すためです。なお、現行の145条では、援用できるのは債務者本人だけではなく、同条のかっこ書きが挙げる保証人、物上保証人、第三取得者、その他権利の消滅について正当な利益を有する者も含まれます(施行日前に生じた債権(施行日以後に生じ、原因である法律行為が施行日前のものを含む)の援用は、附則10条1項により従前の例によります)。
2019年に結んだ取引基本契約を原因として、2026年に発生した売掛金があります。時効は5年でよいですか?
いいえ、その基本契約がその売掛金の原因である法律行為にあたる場合は、旧法の期間で判断することになります。改正法の附則10条1項は、施行日前に債権が生じた場合の時効の援用について従前の例によるとしたうえで、かっこ書きで「施行日以後に債権が生じた場合であって、その原因である法律行為が施行日前にされたときを含む」と定め、同条4項が時効の期間についても従前の例によるとしています。施行日は2020年4月1日ですので、2019年の基本契約から生じた債権は、発生が今年であっても旧法の対象になります。旧法では、旧174条の2により10年となる権利を除き、生産者・卸売商人・小売商人が売却した産物・商品の代価に係る債権は旧173条1号により2年とされていました。ただし、施行日以後に契約を結び直していて、その新しい契約を原因として施行日以後に生じた債権は、新法の期間で判断します。個別の契約がどちらに当たるかは事実関係によりますので、判断が必要な場合は弁護士にご確認ください。
取引先から届いた残高確認書に押印して返すと、時効はどうなりますか?
一般には、債務の存在を認めた行為として民法152条1項の承認にあたると考えられ、その時から時効が新たに進行を始めます。承認にあたる場合は、153条3項により当事者とその承継人の間で、それまで経過した期間はリセットされます。152条2項は、承認をするのに相手方の権利についての処分につき権限があることを要しないと定めており、承認の成立にあたって重い権限は求められていません。経理の定型業務として処理されがちな書類ですが、時効の観点では効果が大きい行為です。逆に回収する側から見れば、時効が近い債権について残高確認や一部入金を得ることには意味があるということになります。
時効期間が過ぎた後に、知らずに支払ってしまいました。返してもらえますか?
一般には難しいと考えられます。時効は援用してはじめて効くため、援用していない時点では債権は法律上まだ存在しており、その支払いは有効な弁済にあたります。さらに、支払ったこと自体が民法152条1項の承認と評価される余地もあります。民法146条が禁じているのは「あらかじめ」時効の利益を放棄することであって、完成後の債務者の行為までを一律に無効としているわけではありません。具体的な事案で取り戻せるかどうかは事実関係によって変わりますので、弁護士にご相談ください。
内容証明を送れば時効は止まりますか?
民法150条1項により、催告があった時から6か月を経過するまでの間は時効が完成しません(151条3項により、協議を行う旨の合意による完成猶予中にされた催告には、この効力がありません)。ただし150条2項が「催告によって時効の完成が猶予されている間にされた再度の催告は、前項の規定による時効の完成猶予の効力を有しない」と定めているため、6か月ごとに送り続けて延ばすことはできません。催告で得られるのは、協議を行う旨の合意による猶予中でない場合に、訴訟や支払督促の準備をするための、催告の時から6か月の完成猶予です(150条1項・151条3項)。催告による完成猶予の効力は、完成猶予の事由が生じた当事者及びその承継人の間に限られます(153条2項)。先の催告による猶予期間が終わっても本来の時効が完成しておらず、協議を行う旨の合意による猶予中でもなければ、後の催告が改めて効力を持つ場合はあります。書面(または電磁的記録)で協議を行う旨の合意をすれば、151条1項により、合意から1年、合意で定めた1年未満の協議期間の経過、書面による協議の続行拒絶の通知から6か月のいずれか早い時まで猶予されます(151条3項により催告による猶予中にした合意には猶予の効力がなく、附則10条3項により施行日前にされた合意には151条は適用されず、153条2項によりこの完成猶予の効力は完成猶予の事由が生じた当事者及びその承継人の間に限られます)。猶予中に合意を重ねても、151条2項ただし書により、猶予されなかったとすれば時効が完成すべき時から通じて5年を超えることはできません。また151条3項により、催告による猶予中にした合意、合意による猶予中にした催告には、猶予の効力がありません。
相手が援用したら、遅延損害金も消えますか?
民法144条は「時効の効力は、その起算日にさかのぼる」と定めています。援用した日から先だけ消えるのではなく、起算日にさかのぼって最初から無かったことになりますので、元本が消えれば、そこから発生していたはずの遅延損害金も併せて消えることになります。なお、確定判決などで権利が確定していた場合は、10年より短い時効期間の定めがある債権でも169条1項により時効期間が10年になります(169条2項により、確定の時に弁済期が来ていない債権を除く)ので、そもそも援用できる状態になるまでの時間が変わります。
時効で消えた売掛金は、いつ帳簿から落とせますか?
民法の時効と、法人税の貸倒損失は別の条文で判断します。貸倒損失は法人税基本通達9-6-1から9-6-3までが要件を定めており、時効の完成や援用がそのまま損金算入の要件になっているわけではありません。時効期間が過ぎても援用がなければ債権は法律上存在していますし、逆に援用がなくても回収不能と判断できる場合はあります。要件とタイミングについては当サイトの貸倒損失の記事で扱っていますが、実際の処理は税理士にご確認ください。
内容証明・配達証明の違いと窓口での準備
内容証明は、いつ、誰から誰あてに、どの内容の文書を差し出したかを証明するサービスで、書かれた内容が真実かどうかを証明するものではありません。配達証明は、一般書留の郵便物を配達した事実を証明するサービスです。配達の証拠も残す場合は、内容証明に配達証明を付け、内容文書の控えと配達証明の記録を保管します。ただし、配達証明は実際に受け取った人が誰かを証明するものではなく、個別の援用が法的に到達したかをここで判断することはできません。
紙の内容証明を郵便窓口で差し出す場合は、一般書留とする必要があり(簡易書留は不可)、相手に送る内容文書1通、その謄本2通(差出人と郵便局の保存用)、差出人・受取人双方の住所と氏名を記載した封筒、内容証明の加算料金を含む郵便料金を用意します。切手で支払う場合は、封筒に貼らずに窓口へ持参します。謄本には字数・行数の制限があるため、日本郵便の利用案内で条件を確認します。持参する前に、取扱い郵便局と取扱い可能な曜日も確認してください。一部の取扱局は特定の曜日に限って受け付けています。この準備は窓口で紙の内容証明を使う場合のもので、インターネットで利用するe内容証明とは異なります。
出典
民法の現行条文と改正前条文をe-Gov法令検索で両方取得し、リビジョンを名指しして突き合わせて作成。
- 日本郵便「内容証明」「配達証明」 — 証明の対象、窓口での準備物、取扱局の案内
- e-Gov法令検索「民法」(明治二十九年法律第八十九号)。法令API v2 の
law_data/129AC0000000089から全文を取得した。参照したのは144条(時効の効力)、145条(時効の援用)、146条(時効の利益の放棄)、147条1項・2項(裁判上の請求等による時効の完成猶予及び更新)、148条1項・2項(強制執行等による時効の完成猶予及び更新)、149条(仮差押え等による時効の完成猶予)、150条1項・2項(催告による時効の完成猶予)、151条1項・2項(協議を行う旨の合意による時効の完成猶予)、152条1項・2項(承認による時効の更新)、153条1項〜3項(時効の完成猶予又は更新の効力が及ぶ者の範囲)、154条、158条〜161条(完成猶予の特則)、166条1項・2項(債権等の消滅時効)、167条(人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効)、169条1項・2項(判決で確定した権利の消滅時効)である。本文の引用はこの取得結果からの逐語である - 同法の改正前の条文も、リビジョンを名指しして別に取得した(
law_data/129AC0000000089_20191211_501AC0000000071)。参照したのは旧145条(時効の援用)、旧166条(消滅時効の進行等)、旧167条1項・2項(債権等の消滅時効)、旧169条(定期給付債権の短期消滅時効)、旧170条(三年の短期消滅時効)、旧172条(二年の短期消滅時効)、旧173条、旧174条(一年の短期消滅時効)である。現行の民法では170条から174条までが「削除」とされていることも、同じ取得結果から確認した - 改正法(平成29年法律第44号「民法の一部を改正する法律」)の附則10条(時効に関する経過措置)。この附則は民法本体の取得結果に含まれており、1項(援用について従前の例による旨とそのかっこ書き)、2項(旧法の中断・停止事由の効力)、3項(151条の不適用)、4項(期間について従前の例による旨)を参照した。本文の引用はいずれも逐語である
- 施行日が2020年4月1日であることは、2つの方法で確認した。①同法のリビジョン一覧(
law_revisions/129AC0000000089)に、平成29年法律第44号による改正の施行日が2020年4月1日であるリビジョン129AC0000000089_20200401_429AC0000000044が存在すること。②その直前の129AC0000000089_20200301_429AC0000000044を実際に取得したところ、145条・166条はまだ改正前の条文のままであり、新しい条文が現れるのは2020年4月1日施行のリビジョンからであること。なお附則1条本文は施行日を「公布の日から起算して三年を超えない範囲内において政令で定める日」としており、日付そのものは法律の本文ではなく政令で定められている - この記事で扱っていない事項について。取得時効(162条以下)は主題が別のため触れていない。労働債権の時効は労働基準法に別の定めがあるため、本稿の民法の期間をそのまま当てはめることはできない。租税の徴収権の消滅時効は国税通則法に別の定めがある。時効完成後の承認と援用権の関係については裁判例の蓄積がある論点であり、本稿では条文が「あらかじめ」の放棄のみを禁じているという書き分けを示すにとどめ、結論を断定していない。貸倒損失の要件(法人税基本通達9-6-1から9-6-3まで)は当サイトの別記事で扱っており、本稿では通達の中身に立ち入っていない
この記事は一般的な情報提供であり、個別の事案に対する法律相談ではありません。時効の起算点がいつになるか、ある行為が承認にあたるか、旧法と新法のどちらが適用されるかは事実関係によって変わりますので、実際の判断については弁護士にご相談ください。税務上の処理については税理士にご確認ください。