安全配慮義務 — 労働契約法5条には罰則が1か条も無い。では、何が会社を動かしているのか
結論から言うと、安全配慮義務そのものには罰則がありません。根拠条文は労働契約法5条ですが、労働契約法には、罰金や拘禁刑を定めた条文が全21条を通して1か条も置かれていません。労働基準監督署が「安全配慮義務違反」を理由に是正勧告を出すこともありません。
それでも実務でこの言葉が重く扱われるのは、効き方が刑事や行政ではなく民事だからです。従業員が倒れたときに会社が負うのは、民法415条による債務不履行の損害賠償か、民法709条・715条による不法行為の損害賠償です。金額に上限は置かれておらず、労災保険で填補されない部分がそのまま請求の対象になります。
そしてもうひとつ、この記事でいちばん踏み込むところがあります。罰則は「安全配慮義務の周り」に、対象者ごとに不均等に置かれているという点です。月80時間を超えた人への医師の面接指導は、一般の労働者については罰金が付いていません。罰金が付いているのは、研究開発業務に従事する人と高度プロフェッショナル制度の対象者のほうでした。条文を並べないと、まず逆に読みます。
- 根拠は労働契約法5条。ただし条文の見出しは「労働者の安全への配慮」で、「安全配慮義務」という語は条文に無い
- 労働契約法に罰則は1か条も無い(全21条・5章を通して罰金・拘禁刑の定めなし)。行政の監督もかからない
- 効くのは民事の損害賠償。債務不履行(民法415条)と不法行為(民法709条・715条)の2本立て
- 時効は2020年に揃った。生命・身体の侵害はどちらの構成でも5年・20年(民法167条/724条の2)
- 「過労死ライン」も法令に無い言葉。6法令の条文本文 約85万字を当たって出現0回
- 面接指導は3本立て。一般の労働者は80時間・申出が必要・罰則なし/研究開発業務と高プロは100時間・申出不要・50万円以下の罰金
- 労働時間の状況の把握(安衛法66条の8の3)から外れるのは高プロだけ。管理監督者も対象。記録は3年保存
条文は1文しかない。しかも「安全配慮義務」とは書いていない
労働契約法5条の全文がこれです。見出しは「(労働者の安全への配慮)」です。
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
1文だけです。まず気づくのは、この条文のどこにも「安全配慮義務」という言葉が無いことです。実務で使われている呼び名のほうが先にあり、条文はそれを「必要な配慮」という抽象的な言葉で受けています。
次に、「安全」だけの話ではありません。条文は「その生命、身体等の安全」と書いています。「等」が入っているため、機械や薬品による事故のような物理的な危険だけでなく、健康の悪化や精神的な不調も対象に含まれる形になっています。長時間労働やハラスメントがこの条文の文脈で語られるのは、この「生命、身体等」という書き方によります。
3つめに、義務の中身が条文に書かれていません。「必要な配慮をするものとする」としか言っていないので、何をすれば足りるのかは条文からは決まりません。ここが、後述するとおり民事でしか決着がつかない理由でもあります。行政が事前に「これをやりなさい」と言える形の規定になっていないのです。
労働契約法5条は、新しい義務を作った条文ではない
労働契約法が施行されたのは2008年3月1日ですが、安全配慮義務という考え方自体はそれ以前から民事の裁判で使われてきました。5条は、その積み重ねを条文の形に書き留めたものとして位置づけられています。したがって「2008年から新しく義務が発生した」と読むのは正確ではありません。逆に言えば、条文が1文しかないのは、条文が中身を作っているわけではないからです。
労働契約法には罰則が1か条も無い
ここが実務でいちばん誤解されるところです。労働契約法は全部で21か条、5つの章からできています。第1章が総則(1条〜5条)、第2章が労働契約の成立及び変更(6条〜13条)、第3章が労働契約の継続及び終了(14条〜16条)、第4章が期間の定めのある労働契約(17条〜19条)、第5章が雑則(20条・21条)です。
この21か条の中に、罰則の章はありません。本文を通して当たっても、罰金・拘禁刑・過料を定めた規定は1つも出てきません。労働基準法や労働安全衛生法が末尾に罰則の章を持っているのとは、作りが違います。
| 法律 | 罰則の有無 | 行政の監督 | 効き方 |
|---|---|---|---|
| 労働契約法(5条=安全配慮義務) | 無し | 無し | 民事の損害賠償のみ |
| 労働基準法(36条6項=時間外の絶対的上限) | 119条1号:6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金 | 労働基準監督署 | 刑事罰+是正勧告 |
| 労働安全衛生法(66条の8の2第1項=研究開発業務の面接指導) | 120条1号:50万円以下の罰金 | 労働基準監督署 | 刑事罰+是正勧告 |
| 労働安全衛生法(66条の8第1項=一般の面接指導) | 120条の列挙に無い | 労働基準監督署 | 指導の対象にはなる |
つまり、「安全配慮義務違反で監督署に呼ばれる」という言い方は、正確ではありません。監督署が動く根拠になるのは、労働基準法や労働安全衛生法の側の条文です。同じ長時間労働という事実が、民事では安全配慮義務の問題として、行政・刑事では36条6項や安衛法の問題として、別々の入口から扱われます。
では何が効くのか — 債務不履行と不法行為の2本
安全配慮義務が問題になるのは、従業員(または遺族)が会社に損害賠償を請求する場面です。請求の根拠になる条文は2通りあります。
1つめが債務不履行です。労働契約に伴う義務を果たさなかった、という構成で、民法415条1項がこう定めています。
債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。
2つめが不法行為です。民法709条がこう定めています。
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
会社が上司や同僚の行為について責任を負う場面では、さらに民法715条1項が使われます。
ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。
条文の作りを見比べると、言葉の置き方が逆になっていることに気づきます。415条1項は本文で賠償請求を認めたうえで、ただし書で「その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるとき」を除いています。責めに帰することができない事由は、除外の側に書かれているわけです。一方709条は「故意又は過失によって」を要件の側、つまり請求する人が主張する側に置いています。
労災保険が下りても、この請求は消えない
労災保険から給付が出ることと、会社が民事上の賠償責任を負うことは別の話です。労災保険は療養・休業・遺族といった定型的な給付を出しますが、慰謝料は給付の項目に含まれていません。実務で会社に残るのは、労災保険で填補されない部分です。労災保険の休業補償については 労災の休業補償 にまとめています。
時効は2020年に揃った。「債務不履行のほうが長い」は今は成り立たない
かつては、安全配慮義務違反(債務不履行)で構成するほうが時効の点で有利だ、という説明がよくされていました。2020年4月1日に施行された改正民法で、この差は無くなっています。
まず債務不履行の側です。一般の債権の時効は民法166条1項で、1号が「債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき」、2号が「権利を行使することができる時から十年間行使しないとき」です。ところが、人の生命・身体が侵害された場合については民法167条が読み替えを置いています。
人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一項第二号の規定の適用については、同号中「十年間」とあるのは、「二十年間」とする。
次に不法行為の側です。民法724条は1号が「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき」、2号が「不法行為の時から二十年間行使しないとき」です。こちらにも読み替えがあります。
人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一号の規定の適用については、同号中「三年間」とあるのは、「五年間」とする。
並べると次のようになります。
| 構成 | 主観的起算点 | 客観的起算点 |
|---|---|---|
| 債務不履行(一般の債権) | 権利を行使することができることを知った時から5年(166条1項1号) | 権利を行使することができる時から10年(166条1項2号) |
| 債務不履行(生命・身体の侵害) | 同上 5年 | 167条の読替えにより 20年 |
| 不法行為(一般) | 損害及び加害者を知った時から3年(724条1号) | 不法行為の時から20年(724条2号) |
| 不法行為(生命・身体を害するもの) | 724条の2の読替えにより 5年 | 同上 20年 |
生命・身体の侵害については、どちらの構成でも5年・20年で同じです。ただし数字が揃っただけで、起算点の言葉は違います。債務不履行の側は「権利を行使することができることを知った時」、不法行為の側は「損害及び加害者を知った時」から数えます。年数が同じでも、いつから数え始めるかが同じとは限りません。
「過労死ライン」も法令に無い言葉。数字が置かれているのは3か所
「過労死ライン」という言葉も、法令の条文には出てきません。労働契約法・労働基準法・労働安全衛生法・労働安全衛生規則・過労死等防止対策推進法・民法の6つを全文で当たると、合計約85万字の条文本文の中で出現は0回です。通称であり、労災の認定実務で使われている時間外労働の水準を指して呼ばれています。
法令の側でその水準の数字が置かれているのは、次の3か所です。
| 置かれている場所 | 数字 | 役割 |
|---|---|---|
| 労働安全衛生規則52条の2第1項 | 1月当たり80時間超 | 医師の面接指導を行う要件(事後の健康確保) |
| 労働基準法36条6項2号 | 100時間未満 | 36協定があっても超えられない絶対的上限(事前の規制) |
| 労働基準法36条6項3号 | 1か月当たりの平均 80時間以内 | 2か月から6か月までの平均でかかる上限(事前の規制) |
同じ80時間・100時間という数字が並びますが、役割が違います。安衛則52条の2のほうは「超えたら医師に会わせる」という事後の健康確保の入口で、労基法36条6項のほうは「超えてはならない」という事前の上限です。前者を守っていても後者に違反していれば刑事罰の対象になりますし、逆に後者の枠内であっても、本人の健康状態によっては民事の責任が問題になり得ます。
なお、過労死等防止対策推進法という法律も2014年からあります。この法律の2条が「過労死等」を定義しています。
この法律において「過労死等」とは、業務における過重な負荷による脳血管疾患若しくは心臓疾患を原因とする死亡若しくは業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡又はこれらの脳血管疾患若しくは心臓疾患若しくは精神障害をいう。
この定義は死亡に限られていません。末尾が「又はこれらの脳血管疾患若しくは心臓疾患若しくは精神障害をいう」となっているので、亡くならなくても、これらの疾患そのものが「過労死等」に含まれます。言葉の見た目から死亡だけを指すと読むと、対象を狭く取りすぎることになります。
実際の時間外労働が月何時間になっているかを計算する(残業代・割増賃金の計算ツール)面接指導は3本立て。一般の労働者だけ罰則が無く、申出が要る
ここがこの記事のいちばん踏み込んだ部分です。医師による面接指導の規定は、労働安全衛生法に3本あります。66条の8、66条の8の2、66条の8の4です。この3つは、時間・申出の要否・罰則の有無がすべて違います。
まず一般の労働者を相手にする66条の8第1項です。この条文自体には時間数が書かれておらず、「厚生労働省令で定める要件に該当する労働者」としか言っていません。その要件を定めているのが労働安全衛生規則52条の2第1項です。
法第六十六条の八第一項の厚生労働省令で定める要件は、休憩時間を除き一週間当たり四十時間を超えて労働させた場合におけるその超えた時間が一月当たり八十時間を超え、かつ、疲労の蓄積が認められる者であることとする。
ここで条件が2つあることに注意が必要です。80時間を超えていることに加えて、「疲労の蓄積が認められる」ことが要件になっています。時間だけで自動的に対象になる作りではありません。
そして、実施のきっかけを定めているのが安衛則52条の3第1項です。
法第六十六条の八の面接指導は、前条第一項の要件に該当する労働者の申出により行うものとする。
労働者の申出が要ります。会社が自動的に実施する形にはなっていません。ただし、本人が自分の時間数を知らなければ申し出ようがないので、その手前に会社側の義務が置かれています。安衛則52条の2第3項です。
事業者は、第一項の超えた時間の算定を行つたときは、速やかに、同項の超えた時間が一月当たり八十時間を超えた労働者に対し、当該労働者に係る当該超えた時間に関する情報を通知しなければならない。
算定そのものも、同条2項で毎月1回以上、一定の期日を定めて行うこととされています。したがって一般の労働者についての流れは、「毎月決めた日に集計する → 80時間超の人に時間数を通知する → 本人が申し出る → 面接指導」という4段になります。
ところが、この66条の8第1項は労働安全衛生法120条1号の列挙に入っていません。120条1号は50万円以下の罰金の対象を列挙した規定で、その中には66条第1項から第3項まで(健康診断)、66条の3(健診結果の記録)、66条の6(健診結果の通知)、そして66条の8の2第1項と66条の8の4第1項が入っています。66条の8第1項だけが、この列挙から外れています。
罰則が無いことと、義務でないことは別
66条の8第1項は「行わなければならない」と書かれた義務規定です。罰金が付いていないというだけで、労働基準監督署の指導の対象にはなりますし、民事の場面では、実施していなかった事実が会社側の対応の履歴として問われます。この記事の冒頭に戻る話で、罰則が無い領域は「守らなくてよい領域」ではなく「民事で決着する領域」です。
なぜ研究開発業務だけ厳しいのか — 上限規制の適用除外と対になっている
66条の8の2が相手にしているのは、条文の言葉では「労働基準法第三十六条第十一項に規定する業務に従事する者」です。その労基法36条11項がこれです。
第三項から第五項まで及び第六項(第二号及び第三号に係る部分に限る。)の規定は、新たな技術、商品又は役務の研究開発に係る業務については適用しない。
ここで適用されないとされているのは、月45時間・年360時間の限度時間(3項・4項)、特別条項の枠(5項)、そして単月100時間未満・複数月平均80時間以内という絶対的上限(6項2号・3号)です。つまり新技術・新商品等の研究開発に係る業務には、時間外労働の上限規制がかかりません。
その代わりに置かれているのが66条の8の2です。時間は安衛則52条の7の2第1項で1月当たり100時間と定められ、同条2項の読替えによって、実施のきっかけが「前条第一項の要件に該当する労働者の申出により」から「前条第二項の期日後、遅滞なく」へ差し替えられます。つまり申出を待たずに実施しなければなりません。そのうえで120条1号により50万円以下の罰金が付いています。
並べると、制度が対になっていることが見えます。
| 一般の労働者 | 研究開発業務 | 高度プロフェッショナル | |
|---|---|---|---|
| 時間外の上限規制(労基法36条6項) | かかる | かからない(36条11項) | かからない(41条の2) |
| 面接指導の根拠 | 安衛法66条の8 | 安衛法66条の8の2 | 安衛法66条の8の4 |
| 時間の基準 | 月80時間超+疲労の蓄積 | 月100時間 | 健康管理時間が月100時間 |
| 本人の申出 | 必要 | 不要 | 不要 |
| 罰則(安衛法120条1号) | 無し | 50万円以下の罰金 | 50万円以下の罰金 |
読み取れるのは、「上限で止める」か「面接指導で拾う」かのどちらかを必ず効かせる設計になっているということです。上限規制を外した業務については、面接指導の側を申出不要にし、罰則まで付けて埋めています。36協定の上限そのものについては 36協定の上限と罰則 に詳しくまとめています。
労働時間の状況の把握は、高プロ以外の全員にかかる
面接指導を実施するには、そもそも誰が何時間働いているかを会社が知っていなければなりません。それを定めているのが労働安全衛生法66条の8の3です。
事業者は、第六十六条の八第一項又は前条第一項の規定による面接指導を実施するため、厚生労働省令で定める方法により、労働者(次条第一項に規定する者を除く。)の労働時間の状況を把握しなければならない。
この条文が除いているのは「次条第一項に規定する者」だけで、それは66条の8の4第1項の高度プロフェッショナル制度の対象労働者です。労働基準法41条各号に掲げる者を除く、という書き方をしていません。したがって管理監督者も、裁量労働制の対象者も、この把握義務の対象に含まれます。労働時間の規制が及ばない立場の人であっても、時間の状況を把握しないでよいことにはなりません。
方法は安衛則52条の7の3第1項で「タイムカードによる記録、パーソナルコンピュータ等の電子計算機の使用時間の記録等の客観的な方法その他の適切な方法」とされています。自己申告だけを既定の方法として並べていない点が要点です。そして同条2項です。
事業者は、前項に規定する方法により把握した労働時間の状況の記録を作成し、三年間保存するための必要な措置を講じなければならない。
管理監督者の扱いについては 管理監督者 に、記録の残し方については 出勤簿の作り方 にまとめています。
では、実務で何を残すのか
安全配慮義務は条文が中身を決めていないので、「これをやれば足りる」という一覧は法令からは出てきません。ただし、民事で問われるのは会社が何をしたかの履歴なので、残すべきものは条文の側から逆算できます。
| 残すもの | 根拠 | 期間・頻度 |
|---|---|---|
| 労働時間の状況の記録(客観的な方法によるもの) | 安衛法66条の8の3・安衛則52条の7の3 | 3年間保存 |
| 月1回以上の、一定の期日での時間外の算定 | 安衛則52条の2第2項 | 毎月1回以上 |
| 80時間超の人への時間数の通知 | 安衛則52条の2第3項 | 算定後すみやかに |
| 面接指導の結果の記録 | 安衛法66条の8第3項 | 省令の定めによる |
| 面接指導の結果に基づく医師の意見聴取 | 安衛法66条の8第4項 | 結果に基づき都度 |
| 意見を勘案した就業上の措置 | 安衛法66条の8第5項 | 必要があると認めるとき |
66条の8は、面接指導を実施して終わりではありません。3項で結果を記録し、4項で医師の意見を聴き、5項で「就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等」の措置を検討する、というところまで続きます。民事の場面で問われるのは、この5項までたどり着いたかどうかです。面接指導を実施した記録だけがあり、その後に何も変わっていない、という状態がいちばん説明しにくくなります。
健康診断の側の義務については 健康診断は会社の義務、産業保健の体制については 安全衛生委員会 にまとめています。
よくある質問
Q. 安全配慮義務に違反すると、労働基準監督署から是正勧告が来ますか?
A. 安全配慮義務そのものを理由に是正勧告が来ることはありません。根拠条文である労働契約法5条は、罰則も監督機関も持っていないためです。労働契約法は全21条ありますが、罰金や拘禁刑を定めた条文は1か条も置かれていません。ただし実務では、同じ事実関係が労働基準法や労働安全衛生法の違反にも当たることが多く、そちらは監督の対象になります。たとえば時間外労働が単月100時間以上になっていれば労働基準法36条6項2号の違反で、これは同法119条1号により6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金の対象です。監督署が動くのはこちらの側であって、安全配慮義務の側ではありません。
Q. 「過労死ライン」は法律で決まっている数字ですか?
A. 法令の条文に「過労死ライン」という言葉はありません。労働契約法・労働基準法・労働安全衛生法・労働安全衛生規則・過労死等防止対策推進法・民法の6つを全文で当たっても、この語の出現は0回です。通称であり、労災の認定実務で使われている時間外労働の水準を指して呼ばれています。法令の側で同じ水準の数字が置かれているのは、労働安全衛生規則52条の2第1項が面接指導の要件として1月当たり80時間超と定めている箇所と、労働基準法36条6項2号の100時間未満、同項3号の複数月平均80時間以内の3か所です。同じ数字でも、事後に労災を認定するための目安と、事前に守るべき上限とでは役割が違います。
Q. 月80時間を超えた従業員が面接指導を申し出ません。放置してよいですか?
A. 申出がなければ面接指導は実施されませんが、会社側にはその手前で別の義務があります。労働安全衛生規則52条の2第3項が、超えた時間の算定を行ったときは、速やかに、1月当たり80時間を超えた労働者に対してその時間に関する情報を通知しなければならない、と定めているためです。本人が自分の時間数を知らなければ申し出ようがないので、通知が申出の前提として置かれている形です。通知を出した記録が残っていないと、後から民事上の争いになったときに、会社が状況を把握して働きかけた事実を示せないことになります。
Q. 面接指導を実施しなかった場合、罰金はありますか?
A. 対象者によって違います。労働安全衛生法120条1号が列挙する条文には、66条の8の2第1項と66条の8の4第1項が入っている一方で、66条の8第1項は入っていません。66条の8の2は新たな技術、商品又は役務の研究開発に係る業務に従事する者、66条の8の4は高度プロフェッショナル制度の対象労働者を相手にした面接指導です。つまり、この2つを怠ると50万円以下の罰金の対象になりますが、一般の労働者についての月80時間超の面接指導には直接の罰金が置かれていません。罰則の有無が対象者で分かれている点は、条文を読まないと気づきにくい部分です。
Q. なぜ研究開発業務だけ面接指導が厳しいのですか?
A. 時間外労働の上限規制が適用されない業務だからです。労働基準法36条11項が、第三項から第五項まで及び第六項(第二号及び第三号に係る部分に限る。)の規定は、新たな技術、商品又は役務の研究開発に係る業務については適用しない、と定めています。月45時間・年360時間の限度時間も、単月100時間未満・複数月平均80時間以内の絶対的上限も、この業務にはかかりません。上限で止めない代わりに、労働安全衛生法66条の8の2で100時間を超えたら面接指導を義務づけ、労働者の申出を待たずに実施させ、しかも120条1号で罰金を付ける、という組み方になっています。2つの法律が対になっているので、片方だけを読むと設計が見えません。
Q. 安全配慮義務違反で訴えるほうが、時効が長いと聞きました。今もそうですか?
A. 年数の差は無くなっています。人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権については、債務不履行の側は民法167条が民法166条1項2号の十年間を二十年間に読み替え、不法行為の側は民法724条の2が民法724条1号の三年間を五年間に読み替えます。結果として、どちらの構成でも5年と20年に揃います。ただし数字が同じでも起算点の言葉は違い、166条1項1号は権利を行使することができることを知った時、724条1号は損害及び加害者を知った時から数えます。どちらの構成を取るかは時効以外の要素でも変わるため、実際の請求については弁護士にご確認ください。
Q. 管理監督者や裁量労働制の社員も、労働時間の把握の対象ですか?
A. 対象です。労働安全衛生法66条の8の3は、事業者は面接指導を実施するため、厚生労働省令で定める方法により、労働者(次条第一項に規定する者を除く。)の労働時間の状況を把握しなければならない、と定めています。ここで除かれている次条第一項に規定する者とは、高度プロフェッショナル制度の対象労働者です。労働基準法41条各号に掲げる者という書き方をしていないため、管理監督者も外れません。方法は労働安全衛生規則52条の7の3第1項でタイムカードによる記録、パーソナルコンピュータ等の電子計算機の使用時間の記録等の客観的な方法その他の適切な方法とされ、同条2項でその記録を3年間保存するための必要な措置が求められています。
関連する記事・ツール
出典
- e-Gov法令検索「労働契約法」(平成十九年法律第百二十八号)第5条(労働者の安全への配慮)。法令API v2 で全文を取得。全21条・5章を通して罰金・拘禁刑・過料を定めた条文が置かれていないことは、本文全文を通して確認
- e-Gov法令検索「労働基準法」(昭和二十二年法律第四十九号)第36条(時間外及び休日の労働)第3項から第6項まで・第11項、第119条(罰則)第1号。法令API v2 で取得
- e-Gov法令検索「労働安全衛生法」(昭和四十七年法律第五十七号)第66条の8、第66条の8の2、第66条の8の3、第66条の8の4、第120条第1号。法令API v2 で取得。120条1号の列挙に66条の8第1項が含まれていないことは、列挙を全数当たって確認
- e-Gov法令検索「労働安全衛生規則」(昭和四十七年労働省令第三十二号)第52条の2、第52条の3第1項、第52条の7の2、第52条の7の3、第52条の7の4。法令API v2 で取得
- e-Gov法令検索「過労死等防止対策推進法」(平成二十六年法律第百号)第2条(定義)。法令API v2 で取得
- e-Gov法令検索「民法」(明治二十九年法律第八十九号)第166条(債権等の消滅時効)、第167条(人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効)、第415条(債務不履行による損害賠償)、第709条(不法行為による損害賠償)、第715条(使用者等の責任)、第724条(不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)、第724条の2。法令API v2 で取得
この記事は一般的な情報提供であり、個別の事案についての助言ではありません。実際に労働災害や健康被害が生じた場合の責任の有無、損害賠償の請求、社内の安全衛生体制の設計については、弁護士または社会保険労務士にご確認ください。