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事業主貸・事業主借とは — 条文に名前の無い2つの科目が、「経費にならない支出を除いて記録せよ」という命令を受け持つ。違い・仕訳・元入金への振替

結論から言うと、事業主貸は「事業のお金が事業主個人へ出ていった記録」、事業主借は「個人のお金が事業へ入ってきた記録」です。どちらも事業の収入でも必要経費でもないので損益計算書には出てこず、貸借対照表で事業主貸は資産の部、事業主借は負債・資本の部に載ります。そして年末に、元入金+青色申告特別控除前の所得金額+事業主借−事業主貸が翌年の期首の元入金になり、2つの科目はゼロに戻ります。

この2つの科目は、所得税法にも所得税法施行令にも所得税法施行規則にも一度も出てきません(e-Gov法令API v2 で3本の全文を検索して0件。「元入金」も0件)。名前を決めているのは国税庁の青色申告決算書の様式です。それでも「何を記録から除くか」は条文が命じています。所得税法施行規則57条2項は、総収入金額にも必要経費にも入らない収入や支出を除いて記録せよ、そのつど区分しにくいものは年末に一括して区分してよいと定めており、この「除く」作業の受け皿が事業主貸・事業主借です。この記事では、2科目の違い、何が事業主貸・事業主借になるか(生活費・所得税・住民税・国民健康保険料・商品の家事消費・家事関連費の家事分/家計からの資金・預金利息)、仕訳の形、年末に元入金へ合算する式を、国税庁の「決算書の書き方」と条文にあたって整理します。

事業主貸・事業主借とは — 条文に名前は無いが、仕事は条文が命じている

個人事業では、事業のお金と事業主個人のお金が同じ人の財布から出入りします。法人なら役員報酬や貸付金として処理する動きが、個人事業では「自分が自分に払う」ことになるので、売上にも経費にも当たりません。所得税法27条2項が事業所得の金額をこう定めています。

事業所得の金額は、その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とする。

事業主が生活費として引き出すお金は、この「総収入金額から必要経費を控除した金額」=既に所得として課税される利益を持ち出しているだけで、必要経費ではありません。逆に家計のお金を事業に入れても、売上(総収入金額)にはなりません。帳簿はこの出入りを「どこかに」書かないと現金・預金の残高が合わなくなるので、損益に触れない2つの科目を置く——それが事業主貸・事業主借です。

この2科目そのものを定める条文はありませんが、「何を記録から除くか」は所得税法施行規則57条2項(取引の記録等)が命じています。青色申告者の記録について定めた条です。

青色申告者は、取引のうち事業所得、不動産所得及び山林所得に係る総収入金額又は必要経費に算入されない収入又は支出を含むものについては、そのつどその総収入金額又は必要経費に算入されない部分の金額を除いて記録しなければならない。ただし、そのつど区分整理し難いものは年末において、一括して区分整理することができる。

「総収入金額又は必要経費に算入されない収入又は支出」を除いて記録する——現金や預金は動いたのに、収入でも経費でもないものとして別枠に振る。その別枠の名前が、出ていく側は事業主貸、入ってくる側は事業主借です。ただし書きの「年末において、一括して区分整理」は、後述する家事関連費(水道光熱費の家事分など)を年末にまとめて事業主貸へ振り替える処理の根拠になっています。

科目の名前と中身を決めているのは国税庁の「青色申告決算書(一般用)の書き方」です。貸借対照表の欄の説明として、事業主貸・事業主借・元入金を次のように書いています。

生活費その他の家事上の費用や所得税等、住民税など事業所得の必要経費にならない租税公課、商品などの家事消費の金額など本年中に事業から支出した金額の合計額を記入します。
事業資金として事業主から受け入れた金額や預金通帳に記帳されている利息などの事業所得以外の収入で事業に受け入れたものの金額の合計額を記入します。
期首の金額と期末の金額は同じ金額を記入します。

上から順に事業主貸・事業主借・元入金の説明です。「帳簿の記帳のしかた(事業所得者用)」の現金出納帳の記載例にも事業主借の行があり、注でこう定義しています。

「事業主借」とは、家計用の現金を事業用に充てるような場合に使用する勘定科目です。
「法令に無い」の確かめ方所得税法(令和8年8月12日施行の現行版)・所得税法施行令(令和8年5月22日施行版)・所得税法施行規則(同)の全文を e-Gov法令API v2 で取得し、「事業主貸」「事業主借」「元入金」の3語を検索すると3本とも0件です。出てくるのは「家事上の経費」「家事関連費」「総収入金額又は必要経費に算入されない収入又は支出」といった、科目ではなく区分の言葉だけです。同じ構造は源泉徴収簿(法令に無い国税庁様式が法定義務の計算過程を受け持つ)や勘定科目一覧(法律が決めているのは科目名でなく区分)にもあります。

事業主貸と事業主借の違い — 方向が逆の2つ

覚え方は「事業から見て、事業主に貸したのが事業主貸、事業主から借りたのが事業主借」です。事業を1人の別人格として見ると、生活費を渡すのは事業が事業主に貸したお金、家計から資金を入れてもらうのは事業が事業主から借りたお金になります。ただし本当の貸し借りではないので、返済も利息もなく、年末に元入金へ溶け込みます。

事業の現金・預金が動いた (入金・出金のすべて) 事業の収入か必要経費か? 所得税法27条・37条・45条 はい → 売上・経費 損益計算書に載る いいえ(規則57条2項「除いて記録」) 出ていった → 事業主貸 生活費・所得税・住民税・国保 家事消費・家事関連費の家事分 入ってきた → 事業主借 家計からの資金・立替払い 預金利息などの事業外の収入 貸借対照表・資産の部 貸借対照表・負債/資本の部 年末:2科目を元入金へ合算して翌年はゼロから 翌年期首の元入金 = 元入金 + 青色申告特別控除前の所得金額 + 事業主借 − 事業主貸 国税庁の記載例:4,624,540 + 4,121,720 + 584,600 − 2,986,000 = 6,344,860円 (元入金は期首と期末が同じ金額。動くのは翌年の期首)
事業の収入でも必要経費でもないお金の動きを、出と入で事業主貸・事業主借に振り、年末に元入金へ合算する。2科目は損益計算書に出ず、所得税の計算に影響しない。
事業主貸事業主借
お金の向き事業 → 事業主個人事業主個人 → 事業
貸借対照表の位置資産の部(期末欄)負債・資本の部(期末欄)
損益計算書載らない(必要経費ではない)載らない(総収入金額ではない)
代表例生活費の引き出し、所得税・住民税・国民健康保険料・国民年金保険料の納付、商品の家事消費、家事関連費の家事分家計の現金で経費を払った(立替)、家計から事業用口座への入金、事業用口座の預金利息、事業外の収入の入金
仕訳での位置借方に立つ(相手科目は現金・預金・売上・経費)貸方に立つ(相手科目は現金・預金・経費)
年末どちらも元入金へ振り替え、翌年期首は残高ゼロから始まる

「事業主貸が借方、事業主借が貸方」と丸暗記するより、現金・預金の相手勘定として、出ていけば借方に事業主貸・入ってくれば貸方に事業主借と覚えるほうが間違えません。預金が減る(貸方:普通預金)なら相手は借方、預金が増える(借方:普通預金)なら相手は貸方です。

事業主貸になるもの — 生活費・所得税・住民税・国保・家事消費・家事関連費の家事分

「決算書の書き方」の定義をほどくと、事業主貸は4種類に分かれます。

種類なぜ必要経費にならないか(根拠)
① 生活費その他の家事上の費用生活費の引き出し、家賃・食費・私用の買い物を事業用口座やカードで払った所得税法45条1項1号「家事上の経費」は必要経費に算入しない
② 必要経費にならない租税公課所得税(予定納税・確定申告の納付)、住民税、国民健康保険料、国民年金保険料所得税法45条1項2号・4号(所得税・道府県民税・市町村民税)。国民健康保険料・国民年金保険料は必要経費ではなく所得控除(同法74条・社会保険料控除)
③ 商品などの家事消費販売用の商品を自分や家族が使った、店の食材で家族の食事を作った所得税法39条により総収入金額に算入する(売上の相手勘定が事業主貸)
④ 家事関連費の家事分自宅兼事務所の家賃・水道光熱費・通信費・車両費のうち私用の割合所得税法施行令96条の「明らかに区分することができる」業務部分だけが必要経費。残りは家事分として除く

根拠になる所得税法45条1項の柱書と1号はこうなっています。

居住者が支出し又は納付する次に掲げるものの額は、その者の不動産所得の金額、事業所得の金額、山林所得の金額又は雑所得の金額の計算上、必要経費に算入しない。
家事上の経費及びこれに関連する経費で政令で定めるもの

同項2号が所得税、4号が地方税法の道府県民税・市町村民税(都民税・特別区民税を含む)です。タックスアンサー No.2210 は、このあたりを実務の言葉でこう言い切っています。

所得税や住民税は必要経費になりません。
事業税は全額必要経費になりますが、固定資産税は業務用の部分に限って必要経費になります。

つまり事業税は経費(租税公課)、所得税・住民税は事業主貸、固定資産税は業務用部分が経費で残りは事業主貸という3通りの扱いになります。国民健康保険料と国民年金保険料は、所得税法74条1項が「総所得金額…から控除する」と定める所得控除(社会保険料控除)であって、事業所得の計算で引く必要経費ではありません。事業用口座から口座振替されていても、帳簿では事業主貸に振り、確定申告書の社会保険料控除欄で引きます。

居住者が、各年において、自己又は自己と生計を一にする配偶者その他の親族の負担すべき社会保険料を支払つた場合又は給与から控除される場合には、その支払つた金額又はその控除される金額を、その居住者のその年分の総所得金額、退職所得金額又は山林所得金額から控除する。

③ 家事消費は「売上」を立てて、その相手が事業主貸

見落としやすいのが商品の家事消費です。仕入れた商品を自分で使うと、仕入(必要経費)だけが残って売上が立たないので、所得税法39条が消費した時の価額を総収入金額に算入せよと定めています。

居住者がたな卸資産(これに準ずる資産として政令で定めるものを含む。)を家事のために消費した場合又は山林を伐採して家事のために消費した場合には、その消費した時におけるこれらの資産の価額に相当する金額は、その者のその消費した日の属する年分の事業所得の金額、山林所得の金額又は雑所得の金額の計算上、総収入金額に算入する。

「価額」は所得税基本通達39-1により通常他に販売する価額(販売用の資産の場合)ですが、同39-2が実務の緩和を置いています。

当該棚卸資産の取得価額以上の金額をもってその備え付ける帳簿に所定の記載を行い、これを事業所得の金額の計算上総収入金額に算入しているときは、当該算入している金額が、39-1に定める価額に比し著しく低額(おおむね70%未満)でない限り、39-1にかかわらず、これを認める。

例えば通常1万円で売る商品(仕入値6,000円)を自家消費したなら、原則は1万円を売上(家事消費等)に立て、取得価額6,000円以上かつ通常販売価額の70%(7,000円)以上で帳簿に記載していれば、その金額でも認められます。仕訳は「事業主貸 / 売上(家事消費等)」で、青色申告決算書の損益計算書にも「家事消費等」の欄が別にあります。

④ 家事関連費の家事分は、年末に一括して事業主貸へ振ってよい

家事関連費(自宅兼事務所の家賃・水道光熱費など、家事と業務の両方にかかわる支出)のうち必要経費にできる範囲は、所得税法施行令96条1号が定めます。

家事上の経費に関連する経費の主たる部分が不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかに区分することができる場合における当該部分に相当する経費

「主たる部分」の判定と、50%以下でも明らかに区分できれば算入してよいという緩和は所得税基本通達45-2にあります(詳しくは家事按分の記事)。ここで押さえたいのは帳簿の側で、「帳簿の記帳のしかた(事業所得者用)」は家事関連費をこう扱ってよいとしています。

家事上の経費に関連する経費(家事関連費)については、家事上の経費を除いて記載するのが原則ですが、その使用状況に基づき年末に一括して家事上の経費(減算)を、次の記載例のように記載することもできます。

同じ記載例では、水道料金60,000円×70%=42,000円と電気料金140,000円×70%=98,000円を12月31日に「家事分除外」として水道光熱費から減算しています。これが施行規則57条2項ただし書きの「年末において、一括して区分整理」の実物で、複式簿記ではこの140,000円を事業主貸 / 水道光熱費と振り替えます。毎月の支払時にはいったん全額を経費に入れておき、年末に家事分だけ事業主貸へ戻す、という手順が認められている、ということです。

事業主借になるもの — 家計からの資金・立替払い・預金利息

事業主借は「事業所得以外の収入で事業に受け入れたもの」の合計です(決算書の書き方)。具体的には次の3つの形で出てきます。

ポイント
① 家計から事業へ資金を入れた開業後に家計の預金50万円を事業用口座へ移した、売上入金が遅れて家計から仕入代金を払った売上ではない。貸方に事業主借、借方は普通預金・現金
② 家計の財布・個人カードで経費を払った(立替)私用のカードで事業用の消耗品5,000円を買った、個人の現金で打ち合わせの交通費を払った経費は経費として計上する。お金の出所が事業外なので貸方が事業主借。領収書は事業の帳簿側で保存
③ 事業用口座に事業所得以外の収入が入った預金利息、個人の株式配当や還付金が事業用口座に振り込まれた預金利息は利子所得、配当は配当所得で事業所得ではない。事業用口座に入っても売上・雑収入に入れない

③の預金利息は「決算書の書き方」が名指しで挙げている例です(「預金通帳に記帳されている利息などの事業所得以外の収入」)。事業用口座の利息だからといって雑収入に入れると、事業所得の総収入金額が膨らんで二重に課税されかねません(利子所得の所得税は支払時に源泉徴収されています)。金額は小さくても科目を間違えやすいところです。

②の立替は、年末にまとめて精算するかどうかで悩むことがありますが、精算しなくてよいのが事業主借の特徴です。法人なら役員への未払金として残して返す必要がありますが、個人事業の事業主借は年末に元入金へ溶け込むので、返す・返さないの区別がありません。

仕訳の例 — 8つの場面

一般に次のように仕訳します。金額は例です。相手科目の現金・預金は事業用の口座・現金を指します。

場面借方貸方補足
1. 事業用口座から生活費30万円を引き出した事業主貸 300,000普通預金 300,000必要経費ではない(所得税法45条1項1号)
2. 予定納税の所得税20万円を事業用口座から納付事業主貸 200,000普通預金 200,000所得税は必要経費にならない(45条1項2号)。事業税なら借方は租税公課
3. 国民健康保険料3万円が事業用口座から振替事業主貸 30,000普通預金 30,000所得控除(74条)で引く。帳簿では事業主貸
4. 商品(通常販売価額1万円・仕入値6,000円)を自家消費事業主貸 10,000売上(家事消費等)10,00039条。通達39-2により7,000円以上の記載なら認められる
5. 私用のカードで事業用の消耗品5,000円を購入消耗品費 5,000事業主借 5,000経費は計上。出所が家計なので貸方は事業主借
6. 家計から事業用口座へ50万円を入金普通預金 500,000事業主借 500,000売上ではない。記帳のしかたの現金出納帳の例と同じ形
7. 事業用口座に預金利息120円が付いた普通預金 120事業主借 120利子所得。雑収入に入れない
8. 年末に水道光熱費の家事分14万円を除外事業主貸 140,000水道光熱費 140,000規則57条2項ただし書き。記帳のしかたの例(42,000+98,000)

1〜4と8は借方に事業主貸、5〜7は貸方に事業主借です。見分け方は前述のとおり、事業の現金・預金が減るなら事業主貸、増えるなら(または事業外から経費が払われたなら)事業主借です。2の所得税・3の国民健康保険料を租税公課や福利厚生費に入れてしまうのが、事業主貸まわりで最も多い誤りです。

年末に元入金へ — 翌年の元入金=元入金+所得+事業主借−事業主貸

元入金は法人の資本金に当たる科目ですが、資本金と違って毎年動きます。「決算書の書き方」は元入金について「期首の金額と期末の金額は同じ金額を記入します」とだけ書き、様式の貸借対照表の注が、元入金は期首の資産の総額から期首の負債の総額を差し引いて計算すると定めています。期中は動かさず、年をまたぐときに1回だけ次の式で更新します。

翌年期首の元入金 = 当年の元入金 + 青色申告特別控除前の所得金額 + 事業主借 − 事業主貸

国税庁の「決算書の書き方」に載っている貸借対照表の記載例の数字をそのまま使うと、期末欄は元入金 4,624,540円・青色申告特別控除前の所得金額 4,121,720円・事業主借 584,600円・事業主貸 2,986,000円です。翌年期首の元入金は 4,624,540+4,121,720+584,600−2,986,000=6,344,860円になります。同じ記載例で、期末の資産合計14,000,000円から事業主貸2,986,000円と負債合計4,669,140円(買掛金・借入金・未払金・預り金・貸倒引当金)を引いても6,344,860円で、式と一致します。

貸借対照表(期末欄)記載例の金額翌年期首への扱い
元入金4,624,540円+(土台)
青色申告特別控除前の所得金額(損益計算書の㊸欄)4,121,720円+(事業が生んだ利益が元入金に積み上がる)
事業主借584,600円+(事業主が入れたお金が元入金に入る)
事業主貸2,986,000円−(事業主が持ち出したお金が元入金から減る)
翌年期首の元入金6,344,860円翌年は事業主貸・事業主借ともゼロから

この式から、事業主貸が元入金+所得+事業主借より大きい年は、翌年の元入金がマイナスになります。事業が生んだ利益より多く持ち出した(事業の負債で生活した)状態で、計算としてはそのまま負の元入金で翌年が始まります。違法ではありませんが、借入で生活費を賄っている構図なので、資金繰りの信号として見るべき数字です。

なお「青色申告特別控除前の所得金額」は損益計算書の㊸欄の金額を転記し、「決算書の書き方」は損益計算書と貸借対照表のこの金額が必ず一致すると書いています。一致しなければ記帳漏れか転記誤りです。貸借対照表を添付することは青色申告特別控除65万円・55万円の要件で、10万円(簡易な記帳)では不要です。

青色申告特別控除シミュレーター — 複式簿記・貸借対照表の添付・e-Tax/優良電子帳簿の条件で 65万・55万・10万のどれになるかを判定します

「事業主貸はいくらまで」「多いと税務調査」— 上限を定める条文は無い

よく検索されるのが「事業主貸はいくらまでなら大丈夫か」「事業主貸が多いと税務調査に入られるか」です。先に条文の側を言うと、事業主貸の金額に上限を定める規定はありません。そもそも科目自体が法令に無く、事業主貸は必要経費でも総収入金額でもないので、いくら計上しても事業所得の金額は1円も変わりません。生活費としていくら引き出すかは、課税後の利益をどう使うかの問題です。

問題になるのは金額の大小ではなく、本来事業主貸に振るべきものが必要経費に残っていないかです。施行規則57条2項が命じているのは、必要経費に算入されない部分の金額を除いて記録することなので、私用の支出や家事関連費の家事分が経費に紛れていれば所得が過少になります。逆に、事業主貸として処理したものについて「これは経費ではないか」と問われることは原則ありません(経費に入れていないので所得は増える側に倒れています)。「多い」こと自体を問題にする基準は公表されておらず、見られるとすれば、事業主貸に振られた支出の中身と、経費側に残った支出の区分です。

逆方向の注意が1つあります。事業主貸が年々大きく、所得に比べて明らかに生活費が多い場合、「その生活費の原資はどこから来たか」という資金の流れの説明が要ることがあります。事業所得以外の収入(給与・年金・家族の収入・貯蓄の取り崩し)が原資なら、それは事業主借・事業主貸の外側の話で帳簿に矛盾はありません。

白色申告・簡易帳簿でも使うか

使います。事業主貸・事業主借は複式簿記だけの科目ではなく、国税庁「帳簿の記帳のしかた(事業所得者用)」の現金出納帳の記載例(簡易帳簿の様式)に「事業主借 500,000」の行があり、注でその意味を定義しています。現金や預金の残高を合わせるには、事業外の出入りをどこかに書く必要があるからです。

違いは貸借対照表を作るかどうかです。青色申告者は所得税法施行規則56条1項ただし書きにより「財務大臣の定める簡易な記録の方法」(いわゆる簡易帳簿)によることができ、その場合は同規則65条2項で貸借対照表の添付を要しません。

第五十六条第一項ただし書(青色申告者の備え付けるべき帳簿書類)の規定の適用を受ける青色申告者は、前項の規定にかかわらず、貸借対照表を青色申告書に添付することを要しない。

白色申告者の記帳は同規則102条(総収入金額と必要経費に関する事項を整然と明瞭に記録)で、貸借対照表の規定はありません。つまり簡易帳簿や白色では、事業主貸・事業主借を現金出納帳・預金出納帳の中で使うだけで、年末に元入金へ合算する手続きは出てきません。一方、65万円・55万円の青色申告特別控除を受けるには貸借対照表が要るので、事業主貸・事業主借・元入金の3科目が揃って初めて決算書4ページ目が埋まります(白色申告の仕組みはこちら、青色の控除額の分かれ目はこちら)。

よくある質問

Q. 事業主貸と事業主借の違いは何ですか?

A. お金の向きが逆です。事業主貸は事業のお金が事業主個人へ出ていった記録(生活費、所得税・住民税・国民健康保険料の納付、商品の家事消費、家事関連費の家事分)で、貸借対照表の資産の部に載ります。事業主借は個人のお金が事業へ入ってきた記録(家計からの資金、私費での経費の立替、預金利息などの事業所得以外の収入)で、負債・資本の部に載ります。どちらも損益計算書には出ず、所得税の計算に影響しません。

Q. 事業用口座から生活費を引き出したらどう仕訳しますか?

A. 借方に事業主貸、貸方に普通預金です。生活費は所得税法45条1項1号の「家事上の経費」で必要経費になりません。個人事業主は自分に給料を払えないので、給料手当や福利厚生費にはしません。

Q. 事業主貸に上限はありますか?

A. ありません。事業主貸の金額を制限する条文は無く、科目自体が所得税法・施行令・施行規則に出てきません。事業主貸は必要経費でも総収入金額でもないので、いくら計上しても事業所得の金額は変わりません。確認されるのは金額ではなく、経費に残してはいけないもの(私用の支出・家事分)が経費側に紛れていないかです。

Q. 事業主貸が多いと税務調査の対象になりますか?

A. 事業主貸の多さそのものを基準とする公表された規定はありません。事業主貸は所得を減らさない処理なので、そこに私用の支出を振っていること自体は問題になりません。見られるとすれば、事業主貸に振るべき支出が必要経費に残っていないか(所得税法施行規則57条2項の「除いて記録」ができているか)と、所得に比べて生活費が大きい場合の原資の説明です。

Q. 事業用口座の預金利息は雑収入ですか?

A. 雑収入ではなく事業主借です。国税庁「青色申告決算書(一般用)の書き方」が事業主借の例として「預金通帳に記帳されている利息などの事業所得以外の収入」を挙げています。利息は利子所得で、事業所得の総収入金額には入りません。

Q. 国民健康保険料・国民年金保険料を事業用口座から払ったら経費ですか?

A. 経費ではなく事業主貸です。どちらも所得税法74条の社会保険料控除(所得控除)として確定申告書で引くもので、事業所得の必要経費ではありません。事業税は租税公課として必要経費、所得税・住民税は事業主貸、固定資産税は業務用部分だけ必要経費です(タックスアンサー No.2210)。

Q. 商品を自分で使ったときは?

A. 売上(家事消費等)を立て、相手科目を事業主貸にします。所得税法39条が、棚卸資産を家事のために消費したときはその時の価額を総収入金額に算入すると定めています。金額は原則として通常の販売価額ですが、所得税基本通達39-2により、取得価額以上かつ通常の販売価額のおおむね70%以上の金額で帳簿に記載していればその金額で認められます。

Q. 年末に事業主貸・事業主借はどうなりますか?

A. 翌年の期首の元入金に合算され、2科目とも残高ゼロで翌年が始まります。式は、翌年期首の元入金=当年の元入金+青色申告特別控除前の所得金額+事業主借−事業主貸です。国税庁の記載例の数字では 4,624,540+4,121,720+584,600−2,986,000=6,344,860円になります。

Q. 白色申告でも事業主貸・事業主借を使いますか?

A. 使います。国税庁「帳簿の記帳のしかた(事業所得者用)」の現金出納帳の記載例に事業主借の行があります。ただし白色申告や簡易帳簿の青色申告(10万円控除)では貸借対照表を作らないので、現金出納帳・預金出納帳の中で使うだけで、年末に元入金へ合算する手続きはありません。

出典

本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の税務相談ではありません。個別のケースについては税理士等の専門家にご相談ください。

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