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公正証書とは — 裁判をせずに差押えができる書面。ただし執行力がつくのは「金銭の支払」だけ

結論から言うと、公正証書の値打ちは「証拠として強い」ことではありません。ほかの契約書と決定的に違うのは、裁判を1回もせずに、いきなり相手の預金や給与を差し押さえられる点です。ふつうは訴えて勝ってからでないと差押えはできませんが、公正証書はその手前を飛ばせます。

ただし、どの公正証書でもそうなるわけではありません。民事執行法22条5号が差押えの根拠として認めているのは「金銭の一定の額の支払」などを目的とする請求に限られます。つまり「建物を明け渡す」「品物を引き渡す」という約束は、公正証書にしても強制執行できません。さらに、その公正証書の中に「債務者が直ちに強制執行に服する旨」の一文が入っていなければ、やはり差押えには使えません。この2つを満たしたものだけが、条文の言葉で執行証書と呼ばれます。

この記事では、公証人にできることの範囲、執行力が生まれる条件、公正証書が判決よりも弱い点、作成から差押えまでの流れと実費、2025年10月1日に全面改定された手数料、同じ日から電磁的記録が原則になったこと、そして公正証書遺言だけ証人の欠格事由が違うことまでを、条文の逐語で整理します。金額と条文番号はすべて e-Gov 法令API v2 で取得した原文で確認しています。

「公正証書」と名が付いていても、執行力があるとは限らない

公証人が作る公正証書には、離婚の取り決め、遺言、信託、定款のように差押えとは無関係のものも多くあります。執行力は「公正証書だから」付くのではなく、金銭の支払などを目的とする請求であることと、執行認諾文言が入っていることの2つが揃ったときだけ付きます。手元の公正証書が使えるかどうかは、まずこの2点を見ることになります。

公証人にできることは4つだけ — 公正証書はそのうちの1つ

公証人法1条は、公証人の権限を列挙しています。カタカナ文語のまま残っている条文です。

公証人ハ当事者其ノ他ノ関係人ノ嘱託ニ因リ左ノ事務ヲ行フ権限ヲ有ス

そのうえで挙げているのは4つです。①法律行為その他私権に関する事実についての公正証書の作成②私署証書に認証を与えること③会社法30条1項などによる定款の認証④電磁的記録に認証を与えること。公証役場でできることは、原則としてこの4つの枠の中に収まります。

この記事が扱うのは①です。②の私署証書の認証は「その人が署名した」ことの証明で、手数料は公証人手数料令34条1項が11,000円と定めています。③の定款認証は会社をつくるときの話なので、法人成りの費用と手続きで資本金の額ごとの手数料まで扱っています。私文書に日付だけを付ける確定日付(同37条・700円)は、内容証明郵便との比較が分かりやすいので、そちらにまとめてあります。

もうひとつ、公証人法2条が短く釘を刺しています。

公証人ノ作成シタル文書又ハ電磁的記録ハ本法及他ノ法律ノ定ムル要件ヲ具備スルニ非サレハ公正ノ効力ヲ有セス

要件を欠けば、公証人が作ったものでも公正の効力はありません。公正証書は「公証人が関与した」という事実だけで強くなる書面ではない、という建て付けがここに書かれています。

なお公証人は、頼まれれば何でも作るわけではありません。公証人法26条は次のとおりです。

公証人は、法令に違反する事項、無効な行為及び行為能力の制限によって取り消すことができる行為について、公正証書を作成することができない。

執行力 — 裁判をせずに差し押さえられる。ただし金銭の支払だけ

強制執行(差押え)をするには、その根拠になる債務名義が要ります。民事執行法22条は債務名義を号で列挙しており、そのうち5号が公正証書です。

金銭の一定の額の支払又はその他の代替物若しくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求について公証人が作成した公正証書で、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載され、又は記録されているもの(以下「執行証書」という。)

この一文に、実務で効く限定が2つ入っています。

1つめは対象になる請求の限定です。書いてあるのは「金銭の一定の額の支払」、または「その他の代替物若しくは有価証券の一定の数量の給付」だけです。代替物とは、同じ種類・品質・数量のもので置き換えがきくもの(米何キロ、といったもの)を指す言い方です。したがって「この建物を明け渡す」「この機械を引き渡す」という約束は、公正証書にしても差押えの根拠になりません。賃貸借契約を公正証書で結んでも、滞納賃料の回収には使えますが、立退きそのものには使えないということです。ここは取り違えが多いところで、明渡しを実現するには結局のところ訴訟が必要になります。

2つめは「一定の額」という限定です。金額が特定できないもの、条件しだいで増減して確定しないものは、そのままでは執行証書になりません。相殺や値引きの余地を残した書き方をすると、この点で引っかかることがあります。

約束の中身公正証書で差押えまで行けるか
貸したお金を返す(金額が確定している)行ける(22条5号の「金銭の一定の額の支払」)
売掛金を分割で払う(各回の額が確定)行ける
養育費を毎月いくら払う行ける(金額が特定されている限り)
建物を明け渡す・立ち退く行けない(金銭でも代替物でもない)
特定の中古機械1台を引き渡す行けない(特定物は代替物ではない)
謝罪文を出す・競業しない行けない

「直ちに強制執行に服する」の一文が無ければ、ただの書面

22条5号の後半は、「債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載され、又は記録されているもの」と書いています。これが執行認諾文言(強制執行認諾文言)と呼ばれるものです。この一文が無い公正証書は、いくら金額が確定していても差押えには使えません

逆に言えば、債務者の側から見ると、この一文に同意した時点で「争う前に取られる」立場を自分から選んだことになります。署名する側にとっては、契約条件そのものと同じくらい重い一行です。

「公正証書にしておいたから安心」で止まらない

債権回収の場面で公正証書を選ぶ理由は、訴訟の時間と費用を丸ごと省けることにあります。逆に、執行認諾文言を入れないまま作った公正証書は、証拠としての価値は高くても差押えの入り口には立てません。相手が任意に払わなくなったとき、あらためて支払督促少額訴訟で債務名義を取り直すことになります。

公正証書は判決より弱い — 成立そのものを争える

執行証書は「判決と同じ強さ」ではありません。民事執行法35条を読むと、はっきり差が付いています。

債務名義(第二十二条第二号又は第三号の二から第四号までに掲げる債務名義で確定前のものを除く。以下この項において同じ。)に係る請求権の存在又は内容について異議のある債務者は、その債務名義による強制執行の不許を求めるために、請求異議の訴えを提起することができる。裁判以外の債務名義の成立について異議のある債務者も、同様とする。

そして次の項です。

確定判決についての異議の事由は、口頭弁論の終結後に生じたものに限る。

ここが要点です。確定判決に文句を付けるときは「裁判が終わったあとに起きたこと」しか言えません。すでに裁判で決着した中身を蒸し返せないからです。ところが執行証書には、この制限がかかりません。35条1項の後段が「裁判以外の債務名義の成立について異議のある債務者も、同様とする」として、成立そのものを争う道を正面から開いています。裁判所が中身を審理したわけではないので、当然といえば当然です。

つまり公正証書は、入り口(差押えまでの速さ)では判決に勝ち、出口(蒸し返されにくさ)では判決に負けるという性質を持っています。代理人に頼んで作った、内容をよく理解していなかった、といった主張が後から出てくる余地は残ります。

確定判決執行証書(公正証書)
取得までの手間訴訟が必要公証役場だけで完結
対象になる請求制限なし(明渡しも可)金銭の支払など22条5号の範囲
執行文を出す人裁判所書記官公証人(26条1項)
請求異議で言えること口頭弁論終結後の事由だけ成立そのものも争える

作成から差押えまで — 執行文と送達はそれぞれ別料金

公正証書を作っただけでは差押えは始まりません。あと2つ、必要な手続があります。

1つめは執行文です。民事執行法25条本文が「強制執行は、執行文の付された債務名義の正本……に基づいて実施する」としています。そして誰が付けるかを決めているのが26条1項です。

執行文は、申立てにより、執行証書以外の債務名義については事件の記録の存する裁判所の裁判所書記官が、執行証書についてはその原本(執行証書が電磁的記録をもつて作成されている場合にあつては、当該電磁的記録)を保存する公証人が付与する。

執行証書だけは、裁判所ではなく公証人が執行文を出します。しかも「その原本……を保存する公証人」なので、作ったのと同じ公証役場に行くことになります。手数料は公証人手数料令38条が2,000円と定めています(相続などで当事者が入れ替わっている場合の執行文は、同条ただし書によりさらに2,000円が加算されます)。

2つめは送達です。民事執行法29条前段は次のとおりです。

強制執行は、債務名義若しくは確定により債務名義となるべき裁判の正本若しくは謄本又はその債務名義若しくは裁判に係る電磁的記録が、あらかじめ、又は同時に、債務者に送達されたときに限り、開始することができる。

相手に届いていなければ、差押えは開始できません。この送達も公証人が扱い、手数料令39条1項が1,600円、送達したことの証明が同条3項で300円と定められています。作成の当日に相手が同席していれば、その場で交付送達を済ませられるのが通例です。相手が来ていない場合は郵送になり、住所が変わっていると届かないという別の問題が起きます。

公正証書を作る 手数料 別表 金銭の支払など か 執行認諾文言 あり か 民事執行法22条5号 両方○ 執行文(公証人) 2,000円 送達 1,600円 差押えができる どちらか× 差押えの根拠にならない 明渡し・特定物の引渡しはここ 支払督促・少額訴訟・訴訟で 債務名義を取り直す ※ 手数料は公証人手数料令38条・39条1項。別表は目的の価額で決まる(本文の表)
公正証書から差押えまで。執行力が付くのは22条5号の2条件を満たしたときだけで、外れると債務名義を取り直すことになる。

手数料は2025年10月1日に全面改定された

公正証書の作成手数料は、公証人が決めるのではなく政令で決まっています。公証人手数料令9条です。

法律行為に係る公正証書の作成についての手数料の額は、この政令に特別の定めがある場合を除き、別表の中欄に掲げる法律行為の目的の価額の区分に応じ、同表の下欄に定めるとおりとする。

そしてこの別表が、2025年10月1日施行の改定で入れ替わりました。e-Gov で改定前後の版を取得して並べると、変わり方に方向があることが分かります。

法律行為の目的の価額2025年9月30日まで2025年10月1日から
50万円以下5,000円3,000円(区分を新設)
50万円超 100万円以下5,000円5,000円
100万円超 200万円以下7,000円7,000円
200万円超 500万円以下11,000円13,000円
500万円超 1,000万円以下17,000円20,000円
1,000万円超 3,000万円以下23,000円26,000円
3,000万円超 5,000万円以下29,000円33,000円
5,000万円超 1億円以下43,000円49,000円
1億円超 3億円以下43,000円+5,000万円までごとに13,000円49,000円+5,000万円までごとに15,000円
3億円超 10億円以下95,000円+5,000万円までごとに11,000円109,000円+5,000万円までごとに13,000円
10億円超249,000円+5,000万円までごとに8,000円291,000円+5,000万円までごとに9,000円

いちばん下だけが下がり、それ以外は全部上がりました。改定前は最低区分が「100万円以下 5,000円」で、10万円の貸金でも100万円の貸金でも同じ5,000円でしたが、50万円以下 3,000円という区分が新しく置かれたためです。小口の債権を公正証書にする費用は下がっています。

同じ改定で、遺言と送達の額も動いています。公証人手数料令19条1項です。

遺言の公正証書の作成(遺言の補充又は更正に係るものを除く。)についての手数料の額は、第九条の規定による額に一万三千円を加算する。ただし、遺言の目的の価額が一億円を超えるときは、この限りでない。

いわゆる遺言加算です。改定前は11,000円でした。解説記事や書式集で11,000円と書かれているものは、2025年9月30日までの数字です。送達も、改定前は1,400円で、現在は前述のとおり1,600円になっています。

「目的の価額」は債権額そのままとは限らない

別表を引くもとになる「法律行為の目的の価額」は、公証人手数料令11条が決めています。1号は当事者の双方の嘱託によるときで、双方がするべき給付の価額を合算した額としたうえで、ただし書で「当事者の一方がするべき給付のみが金銭を目的とするものであるときは、その給付の額の二倍の額」としています。片方だけがお金を払う約束を双方の嘱託で作ると、債権額の2倍で区分を引くことになるわけです。500万円の支払を約束するなら、目的の価額は1,000万円となり、別表では「500万円超 1,000万円以下」の20,000円になります。2号(一方の嘱託によるとき)は扱いが違いますし、価額を算定できないときは16条により500万円とみなすという規定もあります。どの号に当たるかは事案によるので、見積りは公証役場に確認することになります。

作成の本体以外にも、細かい加算が政令に並んでいます。実務で当たりやすいものを挙げておきます。

項目根拠
正本・謄本の交付1枚 300円手数料令40条1項
枚数による加算1枚 300円手数料令25条1項(4枚超。電磁的記録は2項で3枚超)
執行文の付与2,000円手数料令38条
送達1,600円手数料令39条1項
送達したことの証明300円手数料令39条3項
病床で作成した場合の加算5割加算手数料令32条
出張の日当1日 20,000円(4時間以内は10,000円)手数料令43条1号
私署証書の認証11,000円手数料令34条1項
確定日付の付与700円手数料令37条

嘱託人が複数いる場合の支払義務についても定めがあり、手数料令2条は、嘱託人が2人以上あるときは各嘱託人が連帯して手数料等を支払う義務を負うとしています。誰が払うかを当事者間で決めていても、公証人に対する関係では両方が負う建て付けです。

支払期日や送達までの日数を数える → 営業日カウンター

同じ日から、公正証書は電磁的記録が原則になった

2025年10月1日には、公証人法そのものも大きく書き換わりました。カタカナ文語だった条文の多くが現代語になり、公正証書の作り方の原則が入れ替わっています。現在の公証人法36条です。

公証人は、第二十八条又は第三十二条の規定による嘱託があった場合には、次の各号に掲げる場合の区分に応じ、当該各号に定めるものをもって公正証書を作成するものとする。 一 次号に掲げる場合以外の場合 電磁的記録 二 電磁的記録をもって公正証書を作成することにつき困難な事情がある場合 書面

読み方を落として言うと、電磁的記録(デジタル)で作るのが原則で、紙は「困難な事情がある場合」の例外です。原本が紙で公証役場の書庫に綴じられている、という以前のイメージは、条文の建て付けとしては逆になりました。

同じ「36条」でも、2025年9月までは別の話をしていた

改定前の公証人法36条は、証書に記載すべき事項(証書の番号、嘱託人の住所・職業・氏名・年齢……)を10号にわたって並べた条文でした。405字あった条が、現在は161字の別の規定に置き換わっています。条番号は同じでも、指している制度が違うということです。手元のメモや古い書式集に「公証人法36条」とだけ控えてあると、いま条文を引き直したときに話が噛み合いません。条文は番号ではなく「見出し+施行日」で控えるのが安全です。

この変化は費用の計算にも顔を出します。前掲の枚数加算は、紙なら4枚を超えた分から300円ずつですが、電磁的記録で作る場合は3枚超から加算されます(手数料令25条2項の読替え)。また執行文の付与も、電磁的記録で作られた執行証書については、民事執行法26条2項2号が電磁的記録に併せて記録する方法によると定めています。

公正証書遺言だけ、証人の欠格事由が違う

公正証書のうち、いちばん件数が多いもののひとつが公正証書遺言です。民法969条が方式を定めています。

公正証書によって遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならない。 一 証人二人以上の立会いがあること。 二 遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること。

ここで面白いのが3項です。

第一項第一号の証人については、公証人法第三十条に規定する証人とみなして、同法の規定(同法第三十五条第三項の規定を除く。)を適用する。

公証人法35条3項だけを、名指しで外しています。35条3項は「次に掲げる者は、証人となることができない」として6つを挙げる、公正証書一般の証人欠格の規定です。それを遺言では適用せず、代わりに民法974条を働かせています。

次に掲げる者は、遺言の証人又は立会人となることができない。 一 未成年者 二 推定相続人及び受遺者並びにこれらの配偶者及び直系血族 三 公証人の配偶者、四親等内の親族、書記及び使用人

2つの表を並べると、どちら側の関係者を排除しているかが違うことが見えます。

ふつうの公正証書(公証人法35条3項)公正証書遺言(民法974条)
未成年者なれないなれない
嘱託人・遺言者の親族四親等内の親族はなれない推定相続人・受遺者とその配偶者・直系血族だけ
嘱託人・遺言者の従業員被用者はなれない制限なし
嘱託人・遺言者の同居人なれない制限なし
公証人の親族・使用人なれないなれない
その事項に利害関係を持つ人なれない個別の列挙による

具体的に言うと、会社の従業員は、社長の遺言では証人になれますが、社長が嘱託人になるふつうの公正証書では証人になれません(被用者だからです)。逆に、推定相続人にあたる子は、ふつうの公正証書の証人にはなれても、親の遺言の証人にはなれません。同じ「証人」という言葉が、条文の指定によって別の集合を指しています。

証人になれない人の範囲 ふつうの公正証書 公証人法35条3項(6類型) ・未成年者 ・嘱託人の四親等内の親族 ・嘱託人の被用者、同居人 ・その事項に利害関係がある人 ・公証人の親族、被用者ほか 公正証書遺言 民法974条(3類型) ・未成年者 ・推定相続人、受遺者  とその配偶者、直系血族 ・公証人の配偶者、四親等内の  親族、書記、使用人 切替 ※ 民法969条3項が、公証人法35条3項だけを名指しで適用から外している。 → 遺言者の従業員は「遺言の証人」にはなれるが、ふつうの公正証書の証人にはなれない。
同じ「証人」でも、969条3項の指定によって当てはまる欠格事由の条文が入れ替わる。排除している相手側が違う。

もうひとつ、公証人法49条が遺言だけの特例を置いています。

公証人は、第十八条第二項本文の規定にかかわらず、その役場以外の場所において、民法第九百六十九条から第九百七十条まで及び第九百七十二条に規定する遺言に係る職務を行うことができる。

ここで「かかわらず」と外している18条2項の本文は、次のとおりです。

公証人ハ役場ニ於テ其ノ職務ヲ行フコトヲ要ス

公証人は原則として役場の中でしか職務を行えず、49条がその例外として遺言だけは役場の外でできると定めているわけです。入院先や自宅で公正証書遺言が作れる根拠がここにあります。この場合は前掲の出張日当と旅費、病床であれば5割加算が乗ります。

自筆証書遺言のほうは、2027年6月23日に押印が要らなくなる

公正証書遺言と比較されることの多い自筆証書遺言(民法968条)は、現在は全文・日付・氏名の自書に加えて押印が要件です。ところが e-Gov で未施行リビジョンを突き合わせると、2027年6月23日施行の版では、968条から押印を求める文言が3か所とも削られています。同じ日に974条も改正され、受遺者のうち推定相続人でない者を切り出した号が加わって3号建てから4号建てになり、法人が受遺者である場合はその役員まで欠格に入ります。いま書く遺言は現在の条文に従いますが、来年以降は要件が変わるということです。相続放棄との期限関係も含めて、作成時点の条文で確認するのが安全です。

よくある質問

Q. 公正証書があれば、必ず裁判なしで差押えができますか?

A. できるとは限りません。民事執行法22条5号が債務名義として認めているのは、金銭の一定の額の支払、またはその他の代替物もしくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求について作られた公正証書で、かつ債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載され、または記録されているものだけです。この2つの条件を満たすものを条文は執行証書と呼んでいます。建物の明渡しや特定の品物の引渡しを約束した公正証書は、金銭でも代替物でもないためこの号に当たらず、差押えの根拠になりません。手元の公正証書に執行認諾文言があるかどうかは、まず本文を確認することになります。

Q. 賃貸借契約を公正証書にすれば、家賃を滞納した入居者を立ち退かせられますか?

A. 滞納した家賃の回収には使えますが、立退きそのものには使えません。家賃は金銭の一定の額の支払にあたるため、執行認諾文言があれば預金や給与の差押えに進めます。一方、明渡しは金銭の給付でも代替物の給付でもないため民事執行法22条5号の範囲外で、公正証書を債務名義として明渡しの強制執行をすることはできません。明渡しを実現するには、あらためて訴訟を提起して判決などの債務名義を得ることになります。

Q. 公正証書の執行文は、どこでもらえますか?

A. 裁判所ではなく公証人です。民事執行法26条1項は、執行文について、執行証書以外の債務名義は事件の記録の存する裁判所の裁判所書記官が、執行証書についてはその原本(電磁的記録で作成されている場合はその電磁的記録)を保存する公証人が付与すると定めています。したがって、その公正証書を作った公証役場に申し立てることになります。手数料は公証人手数料令38条により2,000円です。ただし同条ただし書により、民事執行法27条1項・2項または28条1項の規定によって執行文を付与するとき、たとえば当事者の相続などで承継があった場合は、さらに2,000円が加算されます。

Q. 公正証書を作る費用はいくらですか?

A. 公証人手数料令9条により、別表の中欄に掲げる法律行為の目的の価額の区分に応じて決まります。2025年10月1日施行の現行の別表では、50万円以下が3,000円、50万円超100万円以下が5,000円、100万円超200万円以下が7,000円、200万円超500万円以下が13,000円、500万円超1,000万円以下が20,000円で、以下1億円以下の49,000円まで区分が続きます。ただし別表を引くもとになる目的の価額は債権額そのままとは限らず、11条1号ただし書により、当事者双方の嘱託で一方がするべき給付のみが金銭を目的とするときはその2倍の額になります。このほか正本の交付が1枚300円、送達が1,600円などが加わります。

Q. 遺言公正証書の加算は11,000円ではないのですか?

A. 現在は13,000円です。公証人手数料令19条1項は、遺言の公正証書の作成についての手数料の額は9条の規定による額に一万三千円を加算するとしており、ただし書で遺言の目的の価額が1億円を超えるときは加算しないとしています。11,000円は2025年9月30日までの額で、2025年10月1日施行の改定で13,000円になりました。同じ改定で送達の手数料も1,400円から1,600円に、作成手数料の別表も50万円以下の区分が新設されるかたちで入れ替わっています。改定前の数字を載せた解説が残っているため、費用を見積もるときは施行日を確かめることになります。

Q. 公正証書はもう紙で作らないのですか?

A. 原則は電磁的記録です。公証人法36条は、嘱託があった場合には各号の区分に応じて公正証書を作成するとしたうえで、1号で「次号に掲げる場合以外の場合」は電磁的記録、2号で「電磁的記録をもって公正証書を作成することにつき困難な事情がある場合」は書面と定めています。つまり書面は例外の位置づけです。この規定は2025年10月1日施行の改正で入ったもので、それ以前の36条は証書に記載すべき事項を列挙した別の条文でした。実際の運用がどこまでデジタルに移っているかは公証役場によって異なりますので、手続きの進め方は嘱託先に確認することになります。

Q. 公正証書遺言の証人を、うちの従業員に頼めますか?

A. 遺言であれば、その従業員が推定相続人や受遺者などに当たらない限り頼めます。民法969条3項が、公正証書遺言の証人については公証人法35条3項を適用しないと明記しており、代わりに民法974条が働くためです。974条が挙げる欠格事由は、未成年者、推定相続人および受遺者ならびにこれらの配偶者および直系血族、公証人の配偶者・四親等内の親族・書記および使用人の3つです。遺言者の被用者は入っていません。これに対して、ふつうの公正証書では公証人法35条3項5号が嘱託人の被用者を証人になれない者として挙げているため、同じ従業員でも証人にはなれません。

Q. 公正証書があっても、あとから争われることはありますか?

A. あります。民事執行法35条1項は、債務名義に係る請求権の存在または内容について異議のある債務者は請求異議の訴えを提起できるとしたうえで、後段で、裁判以外の債務名義の成立について異議のある債務者も同様とすると定めています。執行証書は裁判以外の債務名義なので、成立そのものを争う道が開かれています。一方、確定判決については同条2項が、異議の事由は口頭弁論の終結後に生じたものに限ると制限しています。公正証書は差押えまでが速い代わりに、判決に比べて蒸し返されにくさでは劣るという整理になります。

出典

この記事は一般的な情報提供であり、個別の事案に対する法律相談ではありません。手元の公正証書が執行証書に当たるかどうか、どのような文言にすべきか、請求異議の見通しがどうなるかは、事実関係によって結論が変わります。実際の判断については弁護士に、公正証書の作成手続や手数料の見積りについては公証役場に、税務上の取扱いについては税理士または所轄の税務署にご確認ください。

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