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給与の差押え(強制執行) — 会社は本人より先に知る。しかも裁判所と税務署では計算式が違う

結論から言うと、従業員の給与に差押えが入ったとき、会社は当事者ではなく「第三債務者」という立場で手続に組み込まれます。そして実務上いちばん驚かれるのが順序です。民事執行法145条5項は差押えの効力について「差押命令が第三債務者に送達された時に生ずる」と定めており、裁判所の運用も会社に送達したことを確認してから本人に送達するという順です。つまり本人がまだ知らない段階で、経理には命令書が届いています

もうひとつ、多くの解説がまとめて「給与の4分の3は差し押さえられない」と書いていますが、これは裁判所の差押えの話だけです。税務署や市区町村が税金の滞納で行う差押えは、根拠が民事執行法ではなく国税徴収法76条で、計算式がまったく別物です。同じ手取り24万円・扶養家族なしの従業員でも、裁判所からの差押えなら6万円、税金の滞納処分なら10万6,400円が差押えの対象になります。会社は両方を受け取る立場ですから、届いた紙がどちらなのかを最初に見分けるところから始まります。

この記事では、命令が届いてから支払うまでに会社が何をするのか(陳述催告の2週間、取立ての4週間、複数の差押えが競合したときの供託義務)、差押禁止額を2つの法律でどう計算するのか、賞与と退職金では扱いがどう変わるのかを、条文と公表資料で整理します。あわせて、債権者としてここまで来るのに何が必要かも最後に触れます。

会社の立場は「第三債務者」 — 当事者ではないが義務は負う

債権執行は、債権者と債務者だけでは完結しません。差し押さえる対象が「債務者が第三者に対して持っている債権」だからです。給与の差押えでいえば、従業員が会社に対して持っている賃金債権が対象になり、その賃金を支払う立場にある会社が「第三債務者」と呼ばれます。民事執行法144条2項が、差し押さえるべき債権はその債権の債務者、すなわち第三債務者の普通裁判籍の所在地にあるものとする、と定義しています。

会社は借金の当事者ではありません。保証人でもありません。それでも手続に組み込まれ、陳述の義務・支払の義務・場合によっては供託の義務を負います。民事執行法145条1項は、差押命令において債務者に取立てその他の処分を禁止し、第三債務者に対して債務者への弁済を禁止しなければならないとしています。つまり命令が届いた後は、差し押さえられた部分をそのまま従業員に払うと、会社は二重払いの危険を負うことになります。

最初に見分けるのは「どこから来た紙か」裁判所からの債権差押命令(民事執行法145条)と、税務署・年金事務所・市区町村からの債権差押通知書(国税徴収法62条1項)は、名前も根拠法も違います。国税徴収法62条1項は、債権の差押えは第三債務者に対する債権差押通知書の送達により行う、としています。後述のとおり差押禁止額の計算式が別物なので、ここを取り違えると控除額そのものを間違えます。

会社に先に届く — 差押えの効力は会社への送達で生じる

民事執行法145条3項は、差押命令は債務者および第三債務者に送達しなければならないとしています。そして効力の発生時期を定めているのが5項です。

差押えの効力は、差押命令が第三債務者に送達された時に生ずる。

債務者本人への送達ではありません。会社に届いた時点で効力が生じます。しかも実務の順序はここからさらに一歩進んでいて、高松地方裁判所が公表している債権差押命令手続の流れ図では、第三債務者に差押命令正本を送達し、第三債務者が差押命令正本を受け取ったことを確認できたのち、債務者に送達するという段取りが明示されています。

この順序には理由があります。先に本人に知らせると、退職や口座の移し替えで差押えを空振りさせられるおそれがあるためです。結果として経理担当者は、本人がまだ知らない借金の存在を先に知ることになります。守秘の扱いや本人への声のかけ方に悩む場面ですが、手続として決まっているのはここまでで、会社が本人に通知する義務は条文にはありません。

債権差押命令はこの順で届く(会社が先・本人が後) ① 発令 執行裁判所 民執143条 ② 会社に送達 ここで効力発生 民執145条5項 以後、本人への弁済は禁止 ③ 本人に送達 会社の受領を 確認してから ④ 取立て ③から4週間 民執155条2項 ※ 陳述催告の申立てがあるときは、②に際して会社に陳述の催告が届く(民執147条1項・回答期限は送達の日から2週間)
差押えの効力は会社への送達で生じ、取立てができるようになるのは本人への送達を起点に数える。起点が2つあるので、会社が命令を受け取ってから実際に支払うまでには間が空く。

陳述催告 — 2週間以内。答えないと会社が損害賠償を負う

債権者は、差し押さえた債権が本当に存在するのかを知りたいので、差押命令の申立てと同時に陳述催告を申し立てることができます。最高裁判所の案内も、陳述催告の申立ては債権差押命令申立てと同時にするよう求めています。会社側から見ると、命令と一緒にその従業員が在籍しているか、給与はいくらかを答える書面が届くことになります。

差押債権者の申立てがあるときは、裁判所書記官は、差押命令を送達するに際し、第三債務者に対し、差押命令の送達の日から二週間以内に差押えに係る債権の存否その他の最高裁判所規則で定める事項について陳述すべき旨を催告しなければならない。

期限は送達の日から2週間以内です。そして、この手続で会社が唯一、金銭的な責任を負いうるのが次の2項です。

第三債務者は、前項の規定による催告に対して、故意又は過失により、陳述をしなかつたとき、又は不実の陳述をしたときは、これによつて生じた損害を賠償する責めに任ずる。

会社は借金と無関係なのに、回答しなかった場合と、事実と違う回答をした場合には損害賠償の責任を負うと条文が明記しています。しかも「故意又は過失」と書かれているので、うっかり放置した場合も対象に入りえます。福井地方裁判所の案内は、催告をしたにもかかわらず第三債務者が陳述書を提出しないこともあるが裁判所が再度の催告を実施することはないと書いています。督促は来ません。届いた時点で期限が走り始めていると考えて扱うことになります。

回答の内容そのものにも注意「退職済み」と答えれば差押えは空振りになりますが、実際には在籍していた場合、それは不実の陳述です。逆に、支給額を過少に答えることも同じです。賃金台帳労働者名簿で在籍と支給実績を確かめてから回答するのが安全です。

労働基準法の全額払い原則との関係

ここで一度立ち止まる必要があります。労働基準法24条1項は賃金の全額払いを定めているからです。会社が勝手に賃金の一部を天引きして第三者に渡すことは、本来できません。

賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。

読みどころはただし書の「法令に別段の定めがある場合」です。差押えは民事執行法または国税徴収法という法令に基づく手続ですから、この例外に当たります。労使協定は要りません。社内で協定を結んでいないから差押えに応じられない、ということにはなりません。給与から控除できるもののうち、差押えは労使協定を根拠とするグループではなく、法令を根拠とするグループに入ります。

差押禁止額① 裁判所の差押え(民事執行法152条)

民事執行法152条1項は、給料、賃金、俸給、退職年金および賞与ならびにこれらの性質を有する給与に係る債権について、次のように定めています。

次に掲げる債権については、その支払期に受けるべき給付の四分の三に相当する部分(その額が標準的な世帯の必要生計費を勘案して政令で定める額を超えるときは、政令で定める額に相当する部分)は、差し押さえてはならない。

ポイントは括弧の中です。4分の3を守るのが原則だが、その額が政令の額を超えるときは政令の額までしか守らないという二段構えになっています。受けた民事執行法施行令2条1項は、支払期が毎月と定められている場合を33万円、毎半月なら16万5千円、毎旬なら11万円、毎日なら1万1千円と定めています。賞与についても同条2項が33万円としています。

賞与及びその性質を有する給与に係る債権に係る法第百五十二条第一項の政令で定める額は、三十三万円とする。

もうひとつ、条文が定めていないのが「支払期に受けるべき給付」の中身です。額面なのか手取りなのかが書かれていません。この点について福井地方裁判所の案内は、差押えが可能な部分は一般に毎月の給与から所得税、住民税、社会保険料を控除した残額の4分の1までである、と書いています。実務は手取り基準で動いていると読めます。

すると、上限が効き始める境目を自分で計算できます。手取りの4分の3が33万円になるのは手取り44万円のときですから、手取り44万円を超えると4分の3ルールから33万円ルールに切り替わることになります。この44万円という数字は条文には一度も出てきませんが、最高裁判所の債権執行の案内は原則として給料の4分の1(月給で44万円を超える場合には33万円を除いた金額)を差し押さえることができると書いており、計算が合っていることの確認になります。

養育費などの場合は2分の1になる民事執行法152条3項は、扶養義務等に係る金銭債権を請求する場合について、前2項中の「四分の三」を「二分の一」と読み替えるとしています。福井地方裁判所の案内も、養育費等の請求の場合には毎月の給与の2分の1までとしています。会社としては、請求債権が養育費かどうかで控除額が倍違うので、命令書の請求債権目録を必ず読むことになります。

差押禁止額② 税金の滞納処分(国税徴収法76条)

税金の滞納で差押えが入る場合、根拠は国税徴収法76条です。こちらは4分の3のような割合ではなく、守るべき金額を5つ積み上げる方式です。

給料、賃金、俸給、歳費、退職年金及びこれらの性質を有する給与に係る債権(以下「給料等」という。)については、次に掲げる金額の合計額に達するまでの部分の金額は、差し押えることができない。

積み上げる5つの号は、条文の構造から機械的に数えてちょうど5個です。内訳は次のとおりです。

守られる金額実務での読み方
1号その給料等につき徴収される源泉所得税に相当する金額給与明細の所得税
2号特別徴収される道府県民税・市町村民税および森林環境税に相当する金額給与明細の住民税
3号法令の規定により控除される社会保険料に相当する金額健康保険・厚生年金・雇用保険
4号生活保護法の生活扶助の基準を勘案して政令で定める金額10万7千円+親族1人につき4万8千円
5号1号から4号を控除した残額の100分の20(4号の2倍が上限)残額の20%

4号の金額を定めているのが国税徴収法施行令34条です。

法第七十六条第一項第四号(給与の差押禁止)に規定する政令で定める金額は、滞納者の給料、賃金、俸給、歳費、退職年金及びこれらの性質を有する給与に係る債権の支給の基礎となつた期間一月ごとに十万七千円(滞納者と生計を一にする配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。)その他の親族があるときは、これらの者一人につき四万八千円を加算した金額)とする。

1号から3号は、給与明細で実際に控除されている税と社会保険料そのものです。ですから1号から3号を差し引いた残りが手取りで、そこからさらに4号と5号を守る、という構造になります。式で書くと、差押えの対象になるのは次の金額です。

差押可能額 =(手取り − 4号の額)× 80%  4号の額 = 10万7千円 + 4万8千円 × 生計を一にする親族の数

なお、この計算式は税務署だけのものではありません。市区町村が住民税の滞納で差し押さえる場合、地方税法331条6項が「前各項に定めるものその他市町村民税に係る地方団体の徴収金の滞納処分については、国税徴収法に規定する滞納処分の例による。」としているので、同じ76条の計算になります。厚生年金保険法86条5項と健康保険法180条4項も、それぞれ国税滞納処分の例によると定めています。裁判所以外から来る差押えは、ほぼこの式だと考えて差し支えありません。

同じ給与で並べると、2つの式は逆転する

ここが本題です。まったく同じ従業員の給与に対して、2つの式は違う答えを出します。手取り(税・社会保険料の控除後)ごとに、扶養家族なしの場合を並べます。

手取り民事執行法152条
差押可能額
国税徴収法76条
差押可能額
どちらが多く取られるか
120,000円30,000円10,400円裁判所
150,000円37,500円34,400円裁判所
200,000円50,000円74,400円税務署
240,000円60,000円106,400円税務署
300,000円75,000円154,400円税務署
440,000円110,000円266,400円税務署
600,000円270,000円394,400円税務署

手取り24万円のところを分解します。民事執行法では18万円(4分の3)が守られ、6万円が差押えの対象です。国税徴収法では4号の10万7千円に、5号として(24万円 − 10万7千円)× 20% = 2万6,600円が加わって13万3,600円が守られ、10万6,400円が対象になります。差は4万6,400円で、税金の滞納処分のほうが1.8倍近く多く取られることになります。

手取り24万円・扶養家族なしの場合の内訳 民事執行法152条(裁判所) 差押禁止 180,000円(4分の3) 差押可能 60,000円 国税徴収法76条(税務署・市区町村・年金事務所) 4号 107,000円 5号 26,600円 差押可能 106,400円 同じ給与でも差は 46,400円。守られる額が割合で決まるか、定額の積み上げで決まるかの違いによる。
民事執行法は「割合」で守り、国税徴収法は「定額の積み上げ」で守る。したがって手取りが低いほど国税徴収法のほうが手厚く、高いほど民事執行法のほうが手厚くなる。

入れ替わる点も計算できます。裁判所側は手取りの25%、税務署側は(手取り − 10万7千円)の80%ですから、これが等しくなるのは手取り15万5,637円のときです。これを下回る給与では、裁判所の差押えのほうが多く取られます。手取り12万円なら裁判所が3万円、税務署が1万400円で、3倍近い開きがあります。生活保護の基準を出発点にしている国税徴収法のほうが、低い給与を厚く守る設計になっているためです。

額面から手取りを計算する(社会保険料+所得税+住民税)

扶養家族を見るのは税務署だけ — 裁判所は見ない

もうひとつの決定的な違いが、家族構成の扱いです。民事執行法152条には、扶養家族に関する規定がありません。1項が参照するのは政令で定める額だけで、その政令(民事執行法施行令2条)も支払期の区分で金額を決めているだけです。独身でも子ども3人でも、守られるのは同じ4分の3です。

一方の国税徴収法は、施行令34条が生計を一にする親族1人につき4万8千円を加算します。手取り25万円で並べると、この差がはっきりします。

生計を一にする親族国税徴収法76条
4号の額
国税徴収法76条
差押可能額
民事執行法152条
差押可能額
0人107,000円114,400円62,500円
1人155,000円76,000円62,500円
2人203,000円37,600円62,500円
3人251,000円0円62,500円
4人299,000円0円62,500円

手取り25万円で配偶者と子ども2人を養っている従業員の場合、税金の滞納処分では1円も差し押さえられません。4号の額251,000円が手取りを上回るからです。ところが同じ従業員に裁判所の差押えが入れば、家族構成に関係なく6万2,500円が取られます。税金より民間債権のほうが取り立てが厳しいという逆転が、扶養家族の多い低〜中所得帯で起きます。

会社が親族の数を勝手に決めない4号の加算は「生計を一にする親族」の数で決まりますが、これは徴収する側が算定するもので、会社が判断するものではありません。実務では債権差押通知書に控除すべき額または計算方法が示されますので、それに従います。所得税の扶養控除の対象者と一致するとは限らない点にも注意が必要です。

賞与と退職手当 — 退職金では守りの厚さが入れ替わる

賞与については、民事執行法152条1項2号が給料等と並べて賞与を挙げており、施行令2条2項が33万円としています。国税徴収法側は76条3項が、賞与は支払を受けるべき時における給料等とみなして1項を適用するとし、4号・5号の限度の計算については支給の基礎となった期間が1月であるものとみなすとしています。どちらも賞与を給与と同じ枠で扱います。

退職手当は事情が違います。民事執行法152条2項は次のとおりです。

退職手当及びその性質を有する給与に係る債権については、その給付の四分の三に相当する部分は、差し押さえてはならない。

ここには政令の上限がありません。1項にあった「政令で定める額を超えるときは」という括弧書きが、2項には置かれていないからです。したがって退職金がいくら高額でも、常に4分の3が守られます

国税徴収法76条4項は、退職手当について①退職所得の源泉所得税、②住民税と社会保険料、③4号の額を1月として算定したものの3倍、④勤続期間が5年を超える場合はその超える年数1年につき③の20%、を守るとしています。勤続20年・扶養家族なしなら、③が10万7千円 × 3 = 32万1千円、④が32万1千円 × 20% × 15年 = 96万3千円で、合計128万4千円です。

税・社保控除後の退職手当 900万円(勤続20年・扶養家族なし)差押禁止額差押可能額
民事執行法152条2項(4分の3・上限なし)6,750,000円2,250,000円
国税徴収法76条4項(3号321,000円+4号963,000円)1,284,000円7,716,000円

毎月の給与とは逆に、退職手当では裁判所のほうが圧倒的に厚く守ります。 給与では税務署のほうが多く取り、退職金では裁判所のほうが少なく取る。守りの厚さが場面によって入れ替わるので、「どちらが厳しいか」を一般論で覚えても役に立ちません。どの支給に対する差押えかを見てから、その式を当てることになります。退職金の税金の計算とは別の話ですので、混同しないよう注意してください。

いつ払うのか — 給与だけ4週間になる

差押えの効力は会社への送達で生じますが、債権者にすぐ払うわけではありません。民事執行法155条1項が取立てのできる時期を定めています。

金銭債権を差し押さえた債権者は、債務者に対して差押命令が送達された日から一週間を経過したときは、その債権を取り立てることができる。ただし、差押債権者の債権及び執行費用の額を超えて支払を受けることができない。

起点は債務者すなわち従業員本人に送達された日で、会社に送達された日ではありません。そして給与の場合には2項が読み替えを置いています。

差し押さえられた金銭債権が第百五十二条第一項各号に掲げる債権又は同条第二項に規定する債権である場合(差押債権者の債権に第百五十一条の二第一項各号に掲げる義務に係る金銭債権が含まれているときを除く。)における前項の規定の適用については、同項中「一週間」とあるのは、「四週間」とする。

給与と退職手当については4週間です。ただし請求債権に養育費などの扶養義務等に係る金銭債権が含まれている場合は、括弧書きで除外されているので1週間のままです。最高裁判所の案内も、給料の差押えについては養育費などを請求する場合を除いて4週間になると書いています。

「1週間」と書いてある案内が今も残っているこの4週間は令和元年の改正で入ったもので、それ以前の解説や、更新されていない一部の裁判所の配布資料には1週間のままのものがあります。実際、福井地方裁判所が公開している平成28年1月付の案内は、取立ての開始を1週間としか書いていません(同じ資料の差押禁止額の説明は現在も有効です)。年月日の入っていない解説記事の日数を信用せず、条文か最新の案内で確かめるのが確実です。

実務としては、支給日に差押分を控除して留保し、取立てができる時期になってから債権者の指定口座へ送金する形になります。高松地方裁判所の案内は、振込による入金を希望するときには債権者が振込手数料を負担すると明記しています。会社が手数料を負担する必要はなく、差し引いて送金することになります。振込手数料の比較先方負担の差引計算の扱いは、通常の支払と同じ考え方です。

複数の差押えが来たら供託する

同じ従業員に対して2件目、3件目の差押えが来ることは珍しくありません。このとき会社が自分の判断で按分して払うと、後で足りなかった債権者から取立訴訟を起こされる危険があります。民事執行法156条1項は、いつでも供託できるという権利を認めています。

第三債務者は、差押えに係る金銭債権(差押命令により差し押さえられた金銭債権に限る。以下この条及び第百六十一条の二において同じ。)の全額に相当する金銭を債務の履行地の供託所に供託することができる。

そして2項は、一定の場合に供託しなければならないと義務にしています。

第三債務者は、次条第一項に規定する訴えの訴状の送達を受ける時までに、差押えに係る金銭債権のうち差し押さえられていない部分を超えて発せられた差押命令、差押処分又は仮差押命令の送達を受けたときはその債権の全額に相当する金銭を、配当要求があつた旨を記載した文書の送達を受けたときは差し押さえられた部分に相当する金銭を債務の履行地の供託所に供託しなければならない。

読み下すと、差し押さえられていない部分を超えて次の差押えが来たとき、すなわち複数の差押えが競合して合計が対象額を超えたときには、供託が義務になります。供託すれば、あとは裁判所が配当を行うので、会社が誰にいくら払うかを判断する必要はなくなります。156条4項は、供託したときはその事情を執行裁判所に届け出なければならないとしています。

なお民事執行法146条2項は、差し押さえた債権の価額が差押債権者の債権および執行費用の額を超えるときは他の債権を差し押さえてはならない、として超過差押えを禁じています。差押えは請求されている額に達したら終わりで、無期限に続くものではありません。取立てが終われば債権者から裁判所へ取立完了届が出され、手続は終了します。

税務署のほうだけ、本人の承諾で外せる

あまり知られていない差がもうひとつあります。国税徴収法76条5項です。

第一項、第二項及び前項の規定は、滞納者の承諾があるときは適用しない。

本人が承諾すれば、差押禁止の枠そのものが外れます。 早く完納して延滞税の発生を止めたい場合などに、本人の意思で多く納めるという選択があるためです。民事執行法にはこれに相当する規定がありません。

会社としては、従業員から「もっと多く引いてほしい」と言われても、裁判所からの差押えでは応じられません。命令に書かれた範囲を超えて控除すれば、労働基準法24条1項の全額払い原則に戻ってしまいます。税金の滞納処分について同じ申し出があった場合も、承諾は徴収機関に対してするものですから、会社が受け取って処理するものではありません。徴収機関に連絡してもらい、変更後の債権差押通知書または通知に従うことになります。

本人からの相談で会社が答えられること・答えられないこと控除額の計算根拠(どの法律のどの条文か、いくら控除しているか)は、給与明細に反映される事項ですから説明できます。一方で債務の内容、債権者との交渉、差押えを止める方法は会社の領分ではありません。差押命令の取消しを求める制度は民事執行法153条にありますが、申立てをするのは本人です。差押命令には、その申立てができる旨を裁判所書記官が本人に教示することになっています(民事執行法145条4項)。

債権者側 — ここまで来るのに何が必要か

ここまでは会社側の話でした。自社の売掛金が回収できず、相手の給与や預金を差し押さえたい場合には、その前に債務名義を取る必要があります。民事執行法22条は債務名義を限定列挙しており、条文の構造から数えると14号あります(枝番号が7つ含まれるので、目で数えると足りなくなります)。実務でよく使うのは確定判決(1号)、仮執行の宣言を付した判決(2号)、仮執行の宣言を付した支払督促(4号)、執行証書すなわち強制執行認諾文言付きの公正証書(5号)です。5号だけは取得に裁判が要らない代わりに、対象が金銭の支払などに限られ、執行文を付けるのも裁判所ではなく公証人になります。

そして民事執行法25条は、強制執行は執行文の付された債務名義の正本に基づいて実施するとしたうえで、ただし書で例外を置いています。

ただし、少額訴訟における確定判決又は仮執行の宣言を付した少額訴訟の判決若しくは支払督促により、これに表示された当事者に対し、又はその者のためにする強制執行は、その債務名義の正本に基づいて実施する。

支払督促と少額訴訟の判決には執行文が要りません。 最高裁判所の案内も、執行文が不要なものとして仮執行宣言付支払督促と仮執行宣言付少額訴訟判決を挙げています。支払督促少額訴訟を選ぶ実質的な利点のひとつがここにあります。手続がひとつ減ります。

加えて民事執行法29条は、債務名義の正本または謄本があらかじめ、または同時に債務者に送達されたときに限り強制執行を開始できるとしています。だから送達証明書が必要になります。申立先は、民事執行法144条1項により債務者の普通裁判籍の所在地を管轄する地方裁判所です。手数料は最高裁判所の案内によれば原則として4,000円で、別途郵便料がかかります。

段階やること根拠
1催告して時効の完成を6か月猶予する民法150条1項(内容証明郵便
2債務名義を取る(支払督促・少額訴訟・訴訟・公正証書)民事執行法22条
3執行文の付与を受ける(支払督促・少額訴訟判決は不要)民事執行法25条
4送達証明書の交付を受ける民事執行法29条
5債権差押命令を申し立てる(債務者の住所地の地方裁判所)民事執行法143条・144条1項
6陳述催告を同時に申し立てる民事執行法147条1項
7本人への送達から4週間経過後に取り立てる民事執行法155条1項・2項

回収できなかった場合の税務上の扱いは、貸倒損失の要件で判断することになります。差押えを試みて空振りに終わったこと自体は、回収不能を裏づける事実のひとつになりえますが、損金算入の可否は要件に当てはめて別に検討する必要があります。

よくある質問

Q. 差押命令が届きました。従業員本人に伝えてよいですか?

A. 会社から本人に通知する義務は民事執行法に定められていません。もっとも、給与の支給額が変わりますので、実務上は説明することになります。差押えの効力は民事執行法145条5項により差押命令が第三債務者に送達された時に生じ、裁判所の運用では会社が受け取ったことを確認したのちに本人へ送達されますので、会社が先に知る形になります。本人には裁判所からも命令が届きますから、会社が独自に事情を調べたり、債権者と本人の間に立って交渉したりする必要はありません。差押命令の取消しを申し立てられる旨は、民事執行法145条4項により裁判所書記官が本人に教示することになっています。

Q. 給与の4分の3は差し押さえられないと聞きましたが、税金の滞納でも同じですか?

A. 違います。4分の3は民事執行法152条1項のルールで、裁判所からの差押えに適用されます。税金の滞納による差押えは国税徴収法76条1項が根拠で、源泉所得税、特別徴収の住民税と森林環境税、社会保険料、政令で定める金額、そして残額の100分の20という5つを積み上げた合計額まで差し押さえられません。政令で定める金額は国税徴収法施行令34条により一月ごとに10万7千円で、生計を一にする親族があるときは1人につき4万8千円が加算されます。地方税法331条6項により市町村民税の滞納処分も国税徴収法の例によりますので、住民税の滞納でも同じ計算になります。

Q. 同じ手取りなら、どちらの差押えのほうが多く取られますか?

A. 手取りの水準によって入れ替わります。民事執行法では手取りの4分の1、国税徴収法では手取りから10万7千円を引いた残りの80パーセントが対象になりますので、両者が等しくなるのは扶養家族がいない場合で手取り15万5,637円です。これを下回る給与では民事執行法による差押えのほうが多く、上回る給与では国税徴収法による差押えのほうが多くなります。たとえば手取り24万円の場合、民事執行法では6万円、国税徴収法では10万6,400円です。扶養家族がいる場合は国税徴収法側の守られる額だけが増えますので、差はさらに開きます。

Q. 陳述催告の書面に期限までに答えなかったら、どうなりますか?

A. 民事執行法147条1項は差押命令の送達の日から2週間以内に陳述すべき旨を催告するとしており、同条2項は、故意または過失により陳述をしなかったとき、または不実の陳述をしたときは、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずると定めています。会社は債務の当事者ではありませんが、この点についてだけは責任を負う可能性があります。福井地方裁判所の案内によれば、陳述書が提出されない場合でも裁判所が再度の催告を実施することはありません。督促は来ませんので、届いた時点で期限が進んでいるものとして扱うことになります。

Q. 同じ従業員に2件目の差押えが来ました。按分して払ってよいですか?

A. 一般には供託することになります。民事執行法156条1項は第三債務者が差押えに係る金銭債権の全額に相当する金銭を債務の履行地の供託所に供託することができるとしており、同条2項は、差し押さえられていない部分を超えて発せられた差押命令等の送達を受けたときは供託しなければならないとしています。競合が生じたら供託が義務になると読めます。供託した場合は裁判所が配当を行いますので、会社が誰にいくら配分するかを判断する必要はありません。同条4項により、供託したときはその事情を執行裁判所に届け出ることになります。

Q. 退職金にも差押えは及びますか?

A. 及びます。民事執行法152条2項は、退職手当およびその性質を有する給与に係る債権については、その給付の4分の3に相当する部分は差し押さえてはならないとしています。1項と違って政令で定める額による上限が置かれていませんので、金額が大きくても常に4分の3が守られます。税金の滞納処分の場合は国税徴収法76条4項が別に定めており、退職所得の源泉所得税、住民税と社会保険料、4号の額を1月として算定したものの3倍、勤続期間が5年を超える年数1年につきその3倍の20パーセントを合計した金額までが守られます。勤続20年で扶養家族がいない場合、後者は128万4千円となり、毎月の給与とは逆に民事執行法のほうが厚く守ることになります。

Q. 従業員から「もっと多く引いて早く終わらせたい」と言われました。応じてよいですか?

A. 裁判所からの差押えでは応じられません。命令に示された範囲を超えて控除すると、労働基準法24条1項の全額払い原則の例外にあたらなくなるためです。同項ただし書が控除を認めているのは、法令に別段の定めがある場合と、労使協定がある場合です。税金の滞納処分については国税徴収法76条5項が、第1項、第2項および第4項の規定は滞納者の承諾があるときは適用しないと定めていますので、本人の承諾によって枠を外すこと自体は制度上あります。ただし承諾は徴収機関に対してするものですので、本人から徴収機関へ申し出てもらい、会社は変更後の通知に従うことになります。

Q. 差押えはいつまで続きますか?毎月ずっと引き続けるのですか?

A. 請求されている額に達するまでです。民事執行法155条1項ただし書は、差押債権者の債権および執行費用の額を超えて支払を受けることができないとしています。また146条2項は、差し押さえた債権の価額が差押債権者の債権および執行費用の額を超えるときは他の債権を差し押さえてはならないとして、超過する差押えを禁じています。給与のような継続的給付が対象の場合は、完済に至るまで毎月の支給から控除が続き、達した時点で終わります。債権者は取立てを終えたら取立完了届を裁判所に提出することになっていますので、会社としては債権者との連絡と、控除の累計額の管理が必要になります。

出典

この記事は一般的な情報提供であり、個別の事案に対する法律相談ではありません。差押命令の解釈、控除すべき額、複数の差押えが競合した場合の処理、陳述書の記載内容については、事実関係によって結論が変わります。実際の判断については弁護士にご相談ください。また税金の滞納処分に関する具体的な取扱いは、通知を発した税務署・市区町村・年金事務所にご確認ください。

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