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退職届と退職願の書き方 — 「届」と「願」の違いは書式ではなく法的効果。2週間は民法627条、1か月は就業規則

結論から言うと、退職届と退職願の違いは書式ではなく、法的な効果です。退職届は「辞めます」という一方的な意思表示(民法627条1項の解約の申入れ)で、会社に届いた日の翌日から数えて2週間が経過すれば、会社が承認しなくても雇用は終わります。退職願は「辞めさせてください」という申込み(合意解約の申込み)で、会社が承諾して初めて退職が決まり、承諾されるまでは撤回できます。文面が「退職いたします」か「退職いたしたく、お願い申し上げます」かの違いは、この効果の違いを紙の上に写したものです。

就業規則に「退職の1か月前までに申し出ること」と書いてあっても、民法627条1項の2週間が消えるわけではありません。ただし、就業規則に従って早めに出すのが実務の常道であり、引継ぎを放棄すれば信義則上の問題は残ります。この記事では、書式の見本を示したうえで、2週間の数え方(初日不算入・1日違いで社会保険料が1か月分変わる)民法627条2項が令和2年の改正で「使用者からの」申入れに限定された経緯、有期契約の場合、撤回の可否、有給消化との順序、退職時証明と雇用保険の給付制限までを条文で確かめます。

退職時に会社へ請求できる証明書は退職証明書とは、会社から辞めるよう勧められた場合の扱いは退職勧奨とは、内定を辞退する場面は内定取消と内定辞退にあります。この記事はそれらと役割を分け、自分から辞めるときの「届」と「願」の書き方と、その日付が何を決めるかに絞ります。

結論 — 届は「解約の申入れ」、願は「合意解約の申込み」

「退職届」「退職願」という語は、民法にも労働基準法にもありません。実務上の呼び分けであって、法律が書式を定めているわけではないのです。それでも両者を区別する意味があるのは、紙の文面が、どちらの意思表示をしたかの証拠になるからです。

退職届退職願
法的な性質雇用契約の解約の申入れ(民法627条1項)。一方的な意思表示合意解約の申込み(民法522条1項の申込み)。会社の承諾を待つ
会社の承認不要。届いた翌日から2週間で終了する必要。承諾があって初めて退職日が確定する
退職日の決まり方届に書いた日(ただし2週間より前には縮まらない)会社と合意した日。翌日でも3か月後でも合意していればその日
撤回会社に届いた後は原則できない会社が承諾するまではできる
典型的な文末「〜をもって退職いたします」「〜をもって退職いたしたく、ここにお願い申し上げます」
向いている場面退職日を自分で確定させたい。会社が引き止める円満に日程を相談したい。撤回の余地を残したい

根拠になる条文は、民法627条1項です。

当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。

「各当事者は、いつでも」と書かれており、相手方の承諾は要件になっていません。会社が「認めない」と言っても、申入れから2週間で雇用が終わるという効果は条文から直接出ます。これが退職届の側です。一方、退職願は「お願い」ですから、それだけでは雇用は終わりません。会社が承諾したときに、両者の合意で契約が終わります。民法522条1項が定める、申込みと承諾で契約が成立するという一般原則の応用です。

契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。
どちらを出すべきか、という問いへの答え

退職日を自分で決めて動かしたくないなら退職届、日程を会社と相談する余地を残したいなら退職願です。多くの会社では、まず口頭や退職願で相談し、日程が固まった段階で退職届を出す二段構えになっています。会社が「退職届の様式」を用意しているなら、それを使うのが手続としては早いです。様式が「願」の文面になっていても、会社が承諾した時点で合意解約は成立するので、実務上の結論は変わりません。

書き方 — 6つの記載事項と文例

法定の様式はありません。民法522条2項は、契約の成立に書面の作成その他の方式は要らないとしています。口頭でも退職の意思表示はできますが、いつ・誰に・何を伝えたかを後から証明できるのは紙だけです。次の6つを書けば足ります。

項目書くこと注意
① 表題「退職届」または「退職願」1行目の中央。効果の違いは上の表のとおり
② 書き出し「私事、」または「私儀、」行の末尾に置く慣行。省いても効力には関係ない
③ 本文退職理由と退職日理由は「一身上の都合により」で足りる。退職日は年月日で特定する(「月末」と書かない)
④ 提出日会社に渡す日2週間の起算は「到達した日」の翌日。提出日と到達日がずれるなら到達日で数える
⑤ 所属・氏名部署名と氏名。押印は任意本人が書いたことの証拠。印鑑は求められれば認印でよい
⑥ 宛名会社名と代表者名(「代表取締役 ○○ ○○ 殿」)直属の上司ではなく会社の代表者宛。提出先は上司でよい

退職届の文例

退職届
私事、
このたび一身上の都合により、2026年9月30日をもって退職いたします。
2026年9月10日
営業部 ○○ ○○
株式会社○○ 代表取締役 ○○ ○○ 殿

退職願の文例

退職願
私事、
このたび一身上の都合により、2026年9月30日をもって退職いたしたく、ここにお願い申し上げます。
2026年9月10日
営業部 ○○ ○○
株式会社○○ 代表取締役 ○○ ○○ 殿

縦書きでも横書きでも構いません。封筒に入れて手渡すのが一般的で、表に「退職届」、裏に所属と氏名を書きます。会社が受け取りを拒む場合や、受け取った日を確定させたい場合は、内容証明郵便で送ると到達日が記録に残ります。意思表示は相手方に到達した時から効力を生じるという民法97条1項の到達主義があるので、「出した日」ではなく「届いた日」がすべての起点です。

意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。
退職理由を「会社都合」と書けるか

退職届は自分の意思で辞めるときの書類なので、理由欄は「一身上の都合」が標準です。会社から辞めるよう勧められて応じた場合は、「貴社からの退職勧奨に応じ」と事実をそのまま書く方法があります。この一言が、あとで離職票の離職理由を確かめるときの手がかりになります。退職勧奨に応じた退職は、雇用保険では会社都合側の扱いになることがあり、その分かれ目は退職勧奨とはで条文ごと整理しています。会社が「自己都合と書け」と言っても、事実と違う理由を書く義務はありません。

2週間の数え方 — 初日不算入。1日違いで社会保険料が1か月分変わる

「2週間」は、届いた日を含めずに数えます。民法140条の初日不算入です。

日、週、月又は年によって期間を定めたときは、期間の初日は、算入しない。ただし、その期間が午前零時から始まるときは、この限りでない。

週で定めた期間の満了日は、民法143条2項が決めています。

週、月又は年の初めから期間を起算しないときは、その期間は、最後の週、月又は年においてその起算日に応当する日の前日に満了する。ただし、月又は年によって期間を定めた場合において、最後の月に応当する日がないときは、その月の末日に満了する。

当てはめると、2026年9月7日(月)に退職届が会社に届いた場合、起算日は翌9月8日(火)、2週間後の応当日は9月22日(火)なので、その前日の9月21日(月)の終了をもって雇用が終わります。9月21日が最後の在籍日です。

① 9月7日(月)に到達した場合 9/7 到達日 (算入しない) 9/8 起算日 ← 14日間(9/8〜9/21)→ 9/21 満了=退職日 9/22 応当日 ② 到達日が1日違うと、退職日と9月分の社会保険料が変わる 9月15日に到達 → 起算 9/16 → 満了 9/29 退職日 9月29日・資格喪失日 9月30日 9月分の健康保険・厚生年金の保険料は 会社では発生しない(喪失月) 9月16日に到達 → 起算 9/17 → 満了 9/30 退職日 9月30日・資格喪失日 10月1日 9月分の保険料が発生する (最終給与から控除される) 民法140条・143条2項、健康保険法36条・156条3項、厚生年金保険法19条1項から作成
2週間は到達日を含めずに数える。到達日が9月15日か16日かで退職日が9月29日か30日に分かれ、9月分の社会保険料の有無が変わる。

図の②が、実務でいちばん効く1日違いです。健康保険の被保険者資格は、退職した日の翌日に失われます(健康保険法36条)。

被保険者は、次の各号のいずれかに該当するに至った日の翌日(その事実があった日に更に前条に該当するに至ったときは、その日)から、被保険者の資格を喪失する。

そして、資格を喪失した月の保険料は算定しません(健康保険法156条3項)。厚生年金も、被保険者期間は資格を喪失した月の前月までで数えます(厚生年金保険法19条1項)。

前二項の規定にかかわらず、前月から引き続き被保険者である者がその資格を喪失した場合においては、その月分の保険料は、算定しない。

したがって、9月29日退職(喪失日9月30日)なら9月分の保険料は会社では発生せず、9月30日退職(喪失日10月1日)なら9月分まで発生します。月末退職の最終給与から2か月分の保険料が引かれて「二重徴収では」と問い合わせが来るのは、この仕組みが原因です。詳しくは社会保険料は入社月・退職月にいつ引く?にあります。なお、9月29日退職で会社の保険料が発生しなくても、9月分は国民健康保険・国民年金の側で保険料が必要になるので、「1日早く辞めると得」という単純な話ではありません。次の勤務先の入社日が10月1日なら、切れ目なく厚生年金に入れる9月30日退職のほうが、手続も保険料も素直です。

退職日は「日付」で書き、2週間より前にならないか確かめる

退職届に「9月末日」と書くと、会社側で30日か29日かの解釈が割れる余地が残ります。年月日で書いてください。また、届いた日の翌日から2週間より前の日を退職日に書いても、会社が承諾しない限りその日には終わりません。9月20日に届いた退職届で「9月25日退職」と書いた場合、民法上の終了日は10月4日です。それより前に辞めるには、会社の合意(つまり退職願の世界)が要ります。日付の計算は日数計算・営業日計算ツールで確かめられます。

令和2年の改正で627条2項に「使用者からの」が入った — 月給制でも労働者は2週間

ここが、多くの解説が触れていない一段です。民法627条には2項と3項があり、報酬を期間で定めている場合(月給制など)の解約申入れの時期を別に定めています。現行の2項はこうです。

期間によって報酬を定めた場合には、使用者からの解約の申入れは、次期以後についてすることができる。ただし、その解約の申入れは、当期の前半にしなければならない。

「使用者からの」と主語が限定されています。この語は、令和2年4月1日に施行された民法改正(平成29年法律第44号)で入ったものです。e-Gov法令検索で令和2年3月1日時点の版を取得して比べると、改正前の2項は次の文でした。

期間によって報酬を定めた場合には、解約の申入れは、次期以後についてすることができる。ただし、その解約の申入れは、当期の前半にしなければならない。

主語がありません。改正前の文言では、月給制の労働者が自分から辞める場合にも2項が適用され、「次期以後について、当期の前半に」申し入れる必要があると読めました。たとえば月末締めの月給制で、9月20日に申し入れると「当期の前半」を過ぎているので、10月ではなく11月以後についてしか解約できない、という読み方です。実際にはそのように厳格に運用されていたわけではありませんが、条文上は争いの余地がありました。

改正後は、2項・3項が働くのは使用者側からの解約申入れだけになり、労働者側は月給制でも年俸制でも1項の2週間で足りることが条文の上ではっきりしました。「月給制だから1か月前」「年俸制だから3か月前」という説明を今も見かけますが、それは労働者が辞める場面には当たりません。なお、使用者からの解雇には民法より先に労働基準法20条(30日前の予告または30日分の平均賃金)と労働契約法16条が重なるので、2項・3項が実際に出番を持つ場面はほとんどありません。

報酬の定め方労働者から辞める(現行)改正前の条文上の読み方
時給・日給627条1項・2週間627条1項・2週間
月給制627条1項・2週間2項の適用が問題になりえた(次期以後・当期の前半)
6か月以上の期間で報酬を定める(年俸制)627条1項・2週間3項の適用が問題になりえた(3か月前)

就業規則の「1か月前」との関係 — モデル就業規則は空欄にしている

就業規則には、退職に関する事項を必ず書かなければなりません。労働基準法89条3号の「退職に関する事項(解雇の事由を含む。)」は、制度を設けるかどうかにかかわらず記載が要る絶対的必要記載事項です(就業規則とは)。多くの会社の就業規則が「退職を希望する者は、少なくとも1か月前までに申し出なければならない」といった定めを置いているのは、この号に基づく規定です。

では、就業規則の「1か月前」と民法の「2週間」はどちらが優先するのか。厚生労働省のモデル就業規則(令和7年12月版)は、この論点を正面から扱っています。第52条(退職)の1号は、「退職を願い出て会社が承認したとき、又は退職願を提出して[ ]日を経過したとき」と、日数を空欄にした形で置かれています。そして条文の解説には、期間の定めのない雇用の場合、労働者はいつでも退職を申し出ることができ、会社の承認がなくても、民法の規定により退職の申出をした日から起算して原則として14日を経過したときは退職となる(民法第627条第1項)、と書かれています。

この1つの号に、この記事の主題がそのまま入っています。前半の「願い出て会社が承認したとき」が退職願(合意解約)、後半の「提出して[ ]日を経過したとき」が退職届(解約の申入れ)です。会社が就業規則で決められるのは後半の日数であり、その日数を何日にしても、民法627条1項の効果を消せるとはモデル就業規則自身が書いていない、という構造です。

就業規則で2週間より長い予告期間を定めた場合の効力については、民法627条1項を優先させる考え方と、就業規則の定めを一定の範囲で有効とする考え方があり、確定した結論があるわけではありません。実務上は次のように整理しておくと安全です。

そして、あらかじめ「1か月前に申し出なかったら違約金○万円」「退職したら研修費用を全額返還」と決めておくことは、労働基準法16条が禁じています。

使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

退職者を縛る違約金の条項がなぜ無効になるかは、競業避止義務とはの中で、この16条を軸に整理しています。

有期契約の場合 — 628条の「やむを得ない事由」と附則137条の「1年」

ここまでは期間の定めのない雇用の話です。契約期間を定めている場合(契約社員・有期のパート)は、条文が変わります。民法628条です。

当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる。この場合において、その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う。

期間の途中で辞めるには「やむを得ない事由」が要り、その事由が自分の過失で生じたものなら損害賠償の責任を負う、という建付けです。2週間で自由に辞められる627条1項とは違います。ただし、これには労働基準法の側から2つの緩和が入っています。

1つ目は、労働基準法附則137条です。

期間の定めのある労働契約(一定の事業の完了に必要な期間を定めるものを除き、その期間が一年を超えるものに限る。)を締結した労働者(第十四条第一項各号に規定する労働者を除く。)は、労働基準法の一部を改正する法律(平成十五年法律第百四号)附則第三条に規定する措置が講じられるまでの間、民法第六百二十八条の規定にかかわらず、当該労働契約の期間の初日から一年を経過した日以後においては、その使用者に申し出ることにより、いつでも退職することができる。

契約期間が1年を超える契約では、初日から1年を経過すれば、やむを得ない事由がなくてもいつでも退職できます。「当分の間」の経過措置という形ですが、平成16年の施行以来ずっと生きています。厚生労働省の「確かめよう労働条件」のQ&Aも、この条文を引いて、契約締結後1年を経過すれば期間の途中で退職したことについて損害賠償されることはない、と説明しています。ただし対象は期間が1年を超える契約に限られ、労働基準法14条1項各号の労働者(高度の専門的知識等を有する者・満60歳以上の者との5年契約)は除かれます。

2つ目は、労働基準法15条2項です。明示された労働条件が事実と相違する場合には、労働者は即時に労働契約を解除できます。契約期間の有無を問いません。求人票と実際の条件が違うという場面では、628条の「やむを得ない事由」を論じる前に、この条文が使えます。

契約の型自分から辞める根拠要件
期間の定めなし民法627条1項なし。到達の翌日から2週間で終了
期間の定めあり(1年以内)民法628条やむを得ない事由。自分の過失による事由なら損害賠償責任
期間の定めあり(1年超)・初日から1年経過後労働基準法附則137条なし。申し出ればいつでも退職できる
明示された条件が事実と違う労働基準法15条2項相違の事実。期間の有無を問わず即時解除

撤回できるか — 届は原則できない、願は承諾まで

出した後に気が変わったとき、取り消せるかどうかも「届」と「願」で分かれます。

退職届(解約の申入れ)は、会社に到達した時点で効力が生じます(民法97条1項)。相手方のある単独の意思表示で、到達によって相手方の側に「2週間後に雇用が終わる」という法律関係がすでに生じているため、会社の同意がない限り撤回はできないのが原則です。会社が「撤回を認める」と言えば別ですが、それは会社の任意です。

退職願(合意解約の申込み)は、会社が承諾するまでは契約が成立していないので、承諾前であれば撤回できます。ここで実務上の争点になるのが「誰の承諾で成立したことになるか」です。人事権を持つ者(社長、人事部長、規程で退職の承認権限を与えられた者)が受理・承認した時点で承諾があったとみられ、それ以後は撤回できません。直属の上司が「わかった」と言っただけでは、その上司に承認権限がなければ承諾とは言えない、というのが一般的な整理です。

「撤回の余地」を残したいなら退職願、「引き止められない」ようにしたいなら退職届

撤回の可否は、書式の選択で事前に決まります。転職先が決まっておらず、条件次第で残る可能性があるなら退職願で出し、会社の承認が出るまでは撤回できる状態を保ちます。逆に、引き止めを断って退職日を確定させたいなら退職届です。ただし退職届も、錯誤や強迫によるものなら民法95条・96条で取り消しうる場面はあります。会社に「退職届を書け」と迫られて書いた場合の扱いは、退職勧奨とはで扱っています。

有給消化との順序 — 退職日の後ろに時季変更権は働かない

退職前に残った年次有給休暇を使い切りたい、という相談は多いです。順序は「退職日を決める → 出勤しない日に有給を当てる」です。逆にすると日数が合わなくなります。

年次有給休暇は労働者が請求する時季に与えなければならず、会社が動かせるのは「事業の正常な運営を妨げる場合」に他の時季へ変えることだけです(労働基準法39条5項)。

使用者は、前各項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。

「他の時季」とは、その労働者がまだ在籍している別の日のことです。退職日を過ぎれば与える日が存在しないので、退職日までの間に請求された有給を、退職日の後ろへ動かすことはできません。退職届を出したうえで、残りの出勤日に有給を当てれば、会社はそれを拒めないということです。会社が「引継ぎがあるから」と言えるのは、退職日までの間で別の日に動かせる余地がある場合に限られます。

民法627条1項の2週間は「雇用が終了するまでの期間」であって「出勤しなければならない期間」ではありません。残日数が10日あれば、退職届の到達の翌日から14日のうち、所定労働日の10日に有給を当てて、実際には出社せずに退職日を迎えることも条文上は可能です。そのとき会社にできるのは、時季変更権ではなく、引継ぎへの協力を求めることと、それが果たされない場合の信義則上の議論です。

退職時証明・離職票・給付制限 — 「一身上の都合」と書く前に

退職届の「一身上の都合により」という一文は、あとで3つの書類に影響します。

1つ目は退職時の証明書です。労働基準法22条1項は、労働者が請求した場合に、使用期間・業務の種類・その事業における地位・賃金・退職の事由の5つについて証明書を交付する義務を会社に課しています。

労働者が、退職の場合において、使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金又は退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあつては、その理由を含む。)について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。

同条3項は、労働者が請求しない事項を記入してはならないとしています。退職の事由だけを証明してほしいときに、賃金まで書かれる心配はありません。請求されて初めて義務が生じる仕組みや、2年の時効は退職証明書とはで整理しています。

2つ目は離職票です。会社がハローワークに提出する離職証明書には離職理由の欄があり、会社は退職届の記載を根拠に「自己都合」と書きます。離職票の届く時期や届かないときの手当ては離職票とは?にあります。

3つ目は雇用保険の給付制限です。正当な理由がなく自己の都合によって退職した場合、待期期間の満了後、1か月以上3か月以内の間で公共職業安定所長の定める期間は基本手当が支給されません(雇用保険法33条1項)。

被保険者が自己の責めに帰すべき重大な理由によつて解雇され、又は正当な理由がなく自己の都合によつて退職した場合には、第二十一条の規定による期間の満了後一箇月以上三箇月以内の間で公共職業安定所長の定める期間は、基本手当を支給しない。

条文が定めているのは「1か月以上3か月以内」という幅で、実際に何か月になるかは行政の運用で決まります。現在の運用と、病気・介護・配偶者の転勤といった「正当な理由のある自己都合」で給付制限が消える仕組みは失業保険はいくらもらえる?にあり、金額は失業保険計算ツールで試算できます。退職勧奨に応じて辞めたのに退職届に「一身上の都合」と書いてしまうと、離職票の理由もそのまま自己都合になりかねません。事実と違う理由を書かない、というのはこの3つの書類のためです。

自己都合退職で基本手当がいつから・いくら出るかを、失業保険計算ツールで試算する

提出前チェック表

確認すること根拠見るところ
届と願のどちらを出すか決めた民法627条1項/522条1項結論の表
退職日を年月日で書いた。到達の翌日から2週間より前になっていない民法140条・143条2項2週間の数え方
月末退職か月末前日退職かで、社会保険料の月数が変わることを知っている健康保険法36条・156条3項、厚生年金保険法19条1項退職月の社会保険料
就業規則の予告期間を確認した労働基準法89条3号就業規則との関係
有期契約なら、期間・1年経過・やむを得ない事由を確認した民法628条、労働基準法附則137条・15条2項有期契約の場合
有給の残日数を数え、退職日までの出勤日に当てた労働基準法39条5項有給消化との順序
退職理由を事実どおりに書いた(退職勧奨なら「勧奨に応じ」)労働基準法22条1項、雇用保険法33条1項退職時証明・給付制限
控え(コピー)と、渡した日の記録を残した民法97条1項(到達主義)書き方

よくある質問

Q. 退職届と退職願は、どちらを出すのが正しいですか?

A. どちらも正しい書類で、効果が違います。退職届は民法627条1項の解約の申入れで、会社の承認がなくても到達の翌日から2週間で雇用が終わり、原則として撤回できません。退職願は合意解約の申込みで、会社が承諾して退職が決まり、承諾までは撤回できます。退職日を自分で確定させたいなら退職届、日程を相談する余地や撤回の余地を残したいなら退職願です。会社の様式があるならそれを使えば足ります。

Q. 就業規則に「1か月前までに申し出ること」とあります。2週間で辞められますか?

A. 民法627条1項は、期間の定めのない雇用について、解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了すると定めており、就業規則の予告期間がこの効果を消せるかについては確定した結論がありません。厚生労働省のモデル就業規則も、退職願を提出して一定日数を経過したときに退職とする号の日数を空欄にしたうえで、会社の承認がなくても民法の規定により原則として14日を経過したときは退職となると解説しています。実務上は就業規則の期間に従って早めに出すのが常道で、従えない事情があるときに2週間を根拠にする、という順序が安全です。

Q. 2週間はいつから数えますか?

A. 退職届が会社に到達した日の翌日からです。民法140条の初日不算入により到達日は含めず、143条2項により2週間後の応当日の前日の終了をもって満了します。2026年9月7日に届いたなら、起算日は9月8日、満了は9月21日で、この日が最後の在籍日です。出した日ではなく届いた日が起点なので、郵送なら到達日を記録に残す必要があります。

Q. 月給制なので「次の給与計算期間の前半までに申し出る」必要があると言われました。

A. それは民法627条2項の話ですが、同項は令和2年4月1日施行の改正で「使用者からの解約の申入れは」と主語が限定され、労働者が辞める場面には適用されなくなりました。改正前の条文には主語がなく、月給制の労働者にも2項が及ぶと読む余地がありましたが、現行法では月給制でも年俸制でも1項の2週間で足ります。

Q. 契約期間が残っている契約社員です。途中で辞められますか?

A. 民法628条により、やむを得ない事由があれば直ちに解除できますが、その事由が自分の過失で生じたものなら損害賠償の責任を負います。ただし契約期間が1年を超える契約では、労働基準法附則137条により、期間の初日から1年を経過した日以後は申し出によりいつでも退職できます。また、明示された労働条件が事実と違う場合は労働基準法15条2項で即時に解除できます。1年以内の契約で、やむを得ない事由もない場合は、会社と合意して期間を終える形を探すことになります。

Q. 退職届を出した後、撤回できますか?

A. 退職届(解約の申入れ)は会社に到達した時点で効力が生じるため、会社が任意に応じない限り撤回はできないのが原則です。退職願(合意解約の申込み)であれば、人事権を持つ者が承諾するまでは撤回できます。撤回の余地を残したいなら、最初から退職願で出しておくことになります。

Q. 退職日までの残りの日を全部有給にしても構いませんか?

A. 年次有給休暇は労働者が請求する時季に与えなければならず、会社にできるのは事業の正常な運営を妨げる場合に他の時季へ変えることだけです(労働基準法39条5項)。退職日の後ろには「他の時季」が存在しないので、退職日までの請求を先送りすることはできません。民法の2週間は出勤義務の期間ではないため、残日数の範囲で出勤日に有給を当てることは条文上可能です。引継ぎは信義則上の問題として別に残ります。

Q. 退職理由は「一身上の都合」でよいですか?

A. 自分の意思で辞めるなら「一身上の都合により」で足り、詳しい理由を書く義務はありません。ただし会社から退職を勧められて応じた場合は、事実のとおり「退職勧奨に応じ」と書いておく方法があります。退職届の記載は、労働基準法22条の退職時証明、離職票の離職理由、雇用保険法33条の給付制限の判断につながるためです。

出典

この記事は一般的な情報提供であり、個別の法律相談・労務相談ではありません。退職の効力が生じる日、就業規則の予告期間の効力、有期契約の中途解約の可否は、契約書・就業規則・実際の経緯によって結論が変わります。実際の手続にあたっては、就業規則と雇用契約書を確認したうえで、社会保険労務士・弁護士または最寄りの労働基準監督署・総合労働相談コーナーにご相談ください。条文はいずれも記事作成時点のもので、将来の改正により変わることがあります。

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