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退職勧奨とは — 「退職勧奨」は法律の本文に一度も出てこない。効いているのは省令の1つの号

結論から言うと、退職勧奨は「弱い解雇」ではありません。解雇は会社が一方的に契約を終わらせる行為ですが、退職勧奨は会社が「辞めませんか」と持ちかけ、本人が承諾してはじめて契約が終わるものです。契約を終わらせているのは会社ではなく両者の合意なので、解雇を縛る条文が原理的にかかりません。

それがどれくらい徹底しているかは、条文を数えると分かります。民法・労働基準法・労働契約法・雇用保険法の本文に、「退職勧奨」という語は1回も出てきません(この記事では7つの法令の全文を取得して数えました。結果は下の表のとおり全部ゼロです)。法令の中で唯一この行為に名前を与えているのは、雇用保険法施行規則36条9号の「事業主から退職するよう勧奨を受けたこと」という一文だけです。しかもそれは失業給付をどう出すかを決める号であって、勧奨してよいかどうかを決める規定ではありません。

この記事では、退職勧奨がどの条文から外れていて、代わりにどの条文で歯止めがかかるのか、雇用保険で扱いがどう変わるのか(所定給付日数が最大で180日ちがう)、退職時の証明書はどこまで出すのか、そして経理がいちばん迷う上乗せ金・解決金を退職所得として源泉徴収してよいのかまでを、条文と通達の逐語で整理します。

言葉が法律に無いことは、自由という意味ではない

退職勧奨を直接禁じる条文が無いのは事実ですが、そこで行われた「辞めます」という意思表示そのものは民法の規律を受けます。強迫があれば96条1項で取り消され、思い違いを招いていれば95条で取り消されます。取り消されると退職はなかったことになり、その間の賃金の問題が残ります。禁止規定が無いぶん、争いは「退職の意思表示が有効か」という形で起きることになります。

7つの法令を全文検索した — 「退職勧奨」の出現は0回

「退職勧奨」は実務では毎日使われている言葉ですが、法律の側にはほとんど存在しません。この記事を書くにあたって、関係しそうな7つの法令を e-Gov 法令API v2 で全文取得し、本則と附則をまとめて語の出現回数を数えました。

法令(取得した条文テキストの長さ)退職勧奨勧奨合意解約解雇
民法(226,737字)0000
労働基準法(63,820字)00018
労働契約法(5,929字)0005
雇用保険法(130,520字)0005
個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律(6,686字)0001
労働審判法(9,421字)0000
雇用保険法施行規則(504,357字)010106

唯一の「1」が、雇用保険法施行規則36条9号です。同条は雇用保険法23条2項2号を受けて、特定受給資格者になる離職理由を11号にわたって並べており、その9号がこれです。

事業主から退職するよう勧奨を受けたこと。

名詞の「退職勧奨」ですらなく、「退職するよう勧奨を受けたこと」という出来事の記述です。しかも主語は事業主ではなく離職した本人の側にあり、この号は勧奨してよいかを決めていません。決めているのは、勧奨を受けて辞めた人に失業給付をどう出すかだけです。

数えた検索が生きていることも確かめた

「0回」という結果は、検索が壊れていても同じ形で出ます。そこで対照として、同じ手順で別の語を当てました。労働契約法に「解雇」5回、個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律に「あっせん」48回、労働審判法に「労働審判」129回、雇用保険法に「特定受給資格者」13回。いずれも0ではないので、検索の経路は生きています。そのうえでの0回です。

解雇・退職勧奨・辞職 — 誰が契約を終わらせるかで、かかる条文が入れ替わる

労働契約の終わり方は、意思表示を出したのが誰かで3つに分かれます。退職勧奨はこのうち真ん中に位置します。会社が出しているのは「辞めてほしい」という申込みの誘いであって、契約を終わらせる力はありません。終わらせるのは、それに応じた本人の承諾と会社の受諾がそろった合意です。

労働契約の終わり方 — 意思表示を出したのは誰か ① 解雇 会社の一方的な意思表示 ② 退職勧奨 → 合意解約 会社が誘い、本人が承諾 ③ 辞職 本人の一方的な意思表示 労契法16条(権利濫用で無効) 労基法20条(30日前の予告) 労基法22条2項(解雇理由の証明) 労基法89条3号(就業規則の事由) 左の4つは いずれも かからない 民法95条・96条(意思表示) 雇保則36条9号(特定受給資格者) 労基法22条1項(退職の事由の証明) 民法627条1項(2週間で終了) 雇保法33条1項(給付制限あり) 労基法22条1項(同左) ★ ②は①の条文が外れる代わりに、③の給付制限も付かない。両端のどちらでもない位置にある。 ★ ②で「辞めます」の意思表示が取り消されると、契約は終わっていなかったことになる。
退職勧奨は解雇でも辞職でもない。解雇を縛る条文が外れる代わりに、辞職に付く給付制限も付かない。

解雇を縛る2本の条文は、どちらも文言の中で自分の射程を「解雇」に限っています。労働契約法16条はこうです。

解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

労働基準法20条1項の前段も同じで、主語と場面が解雇に固定されています。

使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。

つまり合意で終わった契約には、30日前の予告も解雇予告手当も要りません。解雇予告手当の計算そのものは解雇予告手当に譲りますが、そこで扱っている30日分の平均賃金は、退職勧奨に応じた退職では発生しないということになります。

反対側の③辞職には、逆に民法が期間を決めています。627条1項です。

当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。

本人が一方的に辞める場合は、申し入れから2週間で契約が終わります。ここで見落としやすいのが、退職勧奨に応じた合意解約にはこの2週間が働かないことです。合意で終わらせるのですから、終了の日も合意で決まります。翌日付でも3か月後でも、両者が合意していればその日が退職日になります。就業規則に「退職の1か月前までに申し出ること」と書いてあっても、それは本人が一方的に辞める場面の定めなので、合意解約の日取りを縛るものではありません。

逆に言うと、勧奨を断ることに条文上の不利益はありません。会社が出しているのは申込みの誘いにすぎないので、応じなければ労働契約はそのまま続きます。断られた会社に残る選択肢は、勧奨をやめるか、解雇に踏み切って労働契約法16条と労働基準法20条の審査を受けるか、のどちらかになります。「退職勧奨を拒否したら解雇」という段取りは、拒否の時点で①の枠に戻るということです。

労働契約法には「合意で終わらせる」条文が無い

労働契約法の全条の見出しを並べると、成立(6条)と変更(8条・9条)はありますが、合意による終了を規律する条は1つもありません。終了に触れているのは16条(解雇)、17条(契約期間中の解雇等)、18条・19条(有期労働契約)だけです。8条は次のとおりで、扱っているのは労働条件の変更であって契約の終了ではありません。

労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。

合意解約は、労働法ではなく民法の契約一般の規律で動いていることになります。

禁止規定は無い。歯止めは民法の意思表示と、省令のもう1つの号

退職勧奨そのものを禁じる条文は、上の7法令のどこにもありません。それでも無制限になるわけではないのは、歯止めが「行為」ではなく「意思表示」の側に置かれているからです。争いは「勧奨が違法だったか」ではなく、「辞めます」という意思表示が有効かという形で立ちます。

詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。

民法96条1項です。取り消されると意思表示ははじめから無効だったことになるので、退職は成立していなかったことになります。あわせて民法95条1項は、法律行為の目的および取引上の社会通念に照らして重要な錯誤にもとづく意思表示を取り消せるとしています。たとえば解雇される以外に道がないと誤って信じさせた場合は、この条文の射程に入る余地があります。

もう1つ、同じ雇用保険法施行規則36条に、行き過ぎた勧奨を受け止める号があります。9号の1つ前の8号です。

事業主又は当該事業主に雇用される労働者から就業環境が著しく害されるような言動を受けたこと。

9号(勧奨を受けた)に当たらなくても8号(就業環境を著しく害する言動)に当たることがあり、どちらでも特定受給資格者になります。会社側から見ると、勧奨の面談が長時間・多数回にわたった場合に、8号のほうで整理される可能性が残るということになります。ハラスメントの線引きそのものはカスタマーハラスメント安全配慮義務で扱っている論点なので、ここでは省令の号の位置だけを示すにとどめます。

雇用保険では扱いが変わる — 所定給付日数の差は最大180日

ここが、退職勧奨がいちばんはっきり法令の効果を持つ場面です。雇用保険法23条2項は、特定受給資格者になる離職を2つの号で定めています。2号はこうです。

前号に定めるもののほか、解雇(自己の責めに帰すべき重大な理由によるものを除く。第五十七条第二項第二号及び第六十条の四第二項第二号において同じ。)その他の厚生労働省令で定める理由により離職した者

条文の建て付けは「解雇 その他の厚生労働省令で定める理由」で、その省令が施行規則36条です。退職勧奨に応じた退職は、9号によって解雇と同じ箱に入ります。合意で終わったので解雇ではないのに、失業給付の場面だけは解雇と横並びになる、という非対称がここにあります。

効果は2つで、どちらも金額に直結します。

45歳以上60歳未満・算定基礎期間20年以上の場合(雇用保険法22条1項1号/23条1項2号イ) 自己都合で辞職 (一般の受給資格者) 150日 給付制限 1〜3か月 退職勧奨に応じて退職 (特定受給資格者) 330日 給付制限は付かない 差 180日 算定基礎期間10年以上20年未満なら 120日 → 270日 = 差150日。 給付制限は雇用保険法33条1項が「一箇月以上三箇月以内」と幅で定め、期間は公共職業安定所長が決める。 ★ 日数は法律が決めるが、どの離職理由に当たるかは離職票の記載から公共職業安定所が判断する。
同じ勤続年数・同じ年齢でも、離職理由が変わるだけで所定給付日数は最大180日ちがう。

1つめは所定給付日数です。一般の受給資格者は22条1項が算定基礎期間だけで決めており、20年以上で150日、10年以上20年未満で120日、10年未満で90日です。これに対して23条1項は年齢の区分を持ち込み、45歳以上60歳未満で算定基礎期間20年以上なら330日、10年以上20年未満なら270日になります。150日と330日の差は180日です。金額に直すと基本手当日額の180日分になります。

2つめは給付制限です。雇用保険法33条1項は次のように定めています。

被保険者が自己の責めに帰すべき重大な理由によつて解雇され、又は正当な理由がなく自己の都合によつて退職した場合には、第二十一条の規定による期間の満了後一箇月以上三箇月以内の間で公共職業安定所長の定める期間は、基本手当を支給しない。

条文が制限の対象にしているのは2つだけです。自己の責めに帰すべき重大な理由によって解雇された場合と、正当な理由がなく自己の都合によって退職した場合です。会社から勧奨されて応じた退職は、どちらの文言にも当たりません。したがって給付制限は付かないことになります。実際の日額と日数は基本手当の計算機で試算できます。

離職理由ごとの給付日数と基本手当日額を試算する → 失業給付シミュレーター
離職理由を決めるのは会社ではない

離職票に会社が記入した離職理由は、そのまま確定するわけではありません。本人が異なる主張をすれば、公共職業安定所が双方の資料を見て判断することになります。記入と判断は別の工程です。離職票そのものの様式と書き方は離職票に、退職者に交付する証明書との違いは退職証明書に譲ります。

退職時の証明書 — 出さないのも違反、書きすぎるのも違反

退職勧奨で辞めた人からも、退職時の証明書を求められることがあります。根拠は労働基準法22条1項です。

労働者が、退職の場合において、使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金又は退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあつては、その理由を含む。)について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。

ここで注意が要るのは、かっこ書きが「退職の事由が解雇の場合にあつては、その理由を含む」と書いていることです。退職勧奨に応じた退職は解雇ではないので、このかっこ書きは働きません。証明する対象は「退職の事由」までで、理由の説明までは条文から出てきません。

そして、同条3項が反対向きの制限をかけています。

前二項の証明書には、労働者の請求しない事項を記入してはならない。

会社が親切のつもりで経緯を書き足すと、この3項の違反になります。どの事項を証明するかを選ぶのは労働者の側で、会社は請求された項目だけを書くことになります。退職勧奨は経緯が説明したくなる場面なので、ここは意識的に抑える必要があります。

上乗せ金・解決金は退職所得か給与所得か — 通達30-1の二段構え

経理がいちばん迷うのはここです。退職勧奨では、通常の退職金に加えて上乗せ金解決金という名前で金銭を支払うことがあります。これを退職所得として源泉徴収するのか、給与所得として月々の給与と同じ扱いにするのかで、税額が大きく変わります。退職金の税金で扱っているとおり、退職所得は退職所得控除を引いたうえで原則2分の1を課税対象とするので、給与所得より軽くなるのが通常です。

判断の入口は、所得税基本通達30-1です。1つの文の中に、認める側と外す側が両方入っています

退職手当等とは、本来退職しなかったとしたならば支払われなかったもので、退職したことに基因して一時に支払われることとなった給与をいう。したがって、退職に際し又は退職後に使用者等から支払われる給与で、その支払金額の計算基準等からみて、他の引き続き勤務している者に支払われる賞与等と同性質であるものは、退職手当等に該当しないことに留意する。

前段が認める側です。退職勧奨の上乗せ金は、定義どおり「本来退職しなかったとしたならば支払われなかったもの」で、「退職したことに基因して一時に支払われることとなった」ものにあたります。

後段が外す側です。支払金額の計算基準を見て、引き続き勤務している人に払う賞与と同性質なら退職手当等ではない、としています。ここで効くのは名前ではなく計算式です。たとえば「賞与の査定と同じ評価点に賞与月数を掛けて出した」という組み立てにすると、名前が解決金でも後段に引っかかる余地が生まれます。逆に「基本給×勤続年数に応じた月数」のように退職を機に一度きり出す設計であれば、前段の枠に収まりやすくなります。

解雇予告手当は退職所得だと通達が明記している

同じ第30条関係の30-5は、次のように書いています。

労働基準法第20条《解雇の予告》の規定により使用者が予告をしないで解雇する場合に支払う予告手当は、退職手当等に該当する。

解雇予告手当は労働の対価ではないのに退職手当等になると明記されています。名前が「手当」でも退職所得になりうるという例で、上乗せ金の区分を考えるときの目安になります。

源泉徴収の手順そのものは通常の退職金と同じで、退職所得の受給に関する申告書の提出があるかどうかで税率が変わります。提出があれば退職所得控除と2分の1を織り込んだ税額表で計算し、提出がなければ収入金額に一律の税率を掛けます。この申告書の書き方と保存については退職所得の受給に関する申告書に譲ります。

就業規則との関係も見ておくことになる

労働基準法89条は、常時10人以上の労働者を使用する使用者に就業規則の作成と届出を義務づけ、3号の2で退職手当の定めをする場合の記載事項(適用される労働者の範囲、決定・計算・支払の方法、支払の時期)を挙げています。退職金規程があるのに規程外の上乗せを出すと、規程の適用範囲との関係を説明できる形にしておく必要が出てきます。就業規則そのものは就業規則で扱っています。

退職合意書に何を書くか — 条文が何も決めていないので、埋めるのは当事者

ここまで見たとおり、合意解約を規律する条文はありません。したがって退職合意書の様式も記載事項も、法令のどこにも定められていません。決めていないということは、書かなかった項目については何も決まらないということです。争いになったときに、条文が補ってくれません。

条文から逆算すると、書いておかないと後で問題になりやすいのは次のあたりです。いずれも法定の項目ではなく、この記事で条文の効果から並べたものです。

項目書かないと何が起きるか関係する条文
合意解約であることと退職日解雇なのか辞職なのかが決まらず、労契法16条の適用の有無から争いになる労契法16条
離職理由を勧奨によるものとすること離職票の記載で認識がずれ、給付日数と給付制限の両方が動く雇保則36条9号・雇保法33条1項
上乗せ金の額と、その計算の考え方賞与と同性質かどうかが判断できず、所得区分が確定しない所基通30-1
上乗せ金の支払期日いつ源泉徴収するかが決まらない所基通30-1
年次有給休暇の残日数の扱い退職日までの消化か買取かが決まらない労基法39条
貸与物・貸付金の精算最終給与からの控除の可否が別途問題になる労基法24条1項

年次有給休暇の残日数については有給の買取、最終給与からの控除については給与から控除できるもので、それぞれ条文の線を扱っています。

こじれた先 — あっせんは3項の禁止つき、労働審判は3回以内

話がまとまらなかった場合の行き先は、大きく2つあります。どちらも法律が独立してあり、退職勧奨に固有の制度ではありません。

1つめは、都道府県労働局のあっせんです。個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律5条1項が、紛争当事者の双方または一方から申請があった場合に、都道府県労働局長が紛争調整委員会にあっせんを行わせるものとしています。会社側が知っておく必要があるのは、同法4条3項の禁止です。

事業主は、労働者が第一項の援助を求めたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

これは4条(助言・指導)についての規定ですが、5条2項があっせんの申請にも準用しています。つまりあっせんを申し込まれたこと自体を理由に不利益な扱いをすると、それ自体が別の違反になります

2つめは、裁判所の労働審判です。労働審判法1条が、裁判官と労働関係の専門的な知識経験を有する者で組織する委員会が事件を審理し、調停の見込みがあればこれを試みる手続きとして定めています。特徴は速さです。

労働審判手続においては、特別の事情がある場合を除き、三回以内の期日において、審理を終結しなければならない。

15条2項です。3回以内と条文に書いてあるので、通常の訴訟のように期日を重ねることは想定されていません。会社側は1回目までに主張と証拠をそろえることになります。

そして出た労働審判には、21条1項により審判書の送達または告知を受けた日から2週間の不変期間内に異議を申し立てられます。異議が出れば3項で審判は効力を失い、訴訟に移ります。異議が出なければどうなるかが、経理から見ると重要です。

適法な異議の申立てがないときは、労働審判は、裁判上の和解と同一の効力を有する。

裁判上の和解と同一の効力ということは、債務名義になるということです。支払いを命じられた金銭を払わなければ、そのまま差押えに進みます。債務名義から先の実務は給与の差押え公正証書で扱っています。

まとめ

  • 「退職勧奨」という語は、民法・労基法・労契法・雇用保険法・労働審判法などの本文に1回も出てこない。唯一の居場所は雇用保険法施行規則36条9号
  • 解雇ではないので労契法16条も労基法20条もかからない。歯止めは民法95条・96条の意思表示の側にある
  • 雇用保険では特定受給資格者になり、所定給付日数は最大で150日から330日へ180日増え、33条1項の給付制限も付かない
  • 退職時の証明書は請求されたら遅滞なく交付するが、請求されていない事項は書けない(労基法22条3項)
  • 上乗せ金の所得区分は名前ではなく計算基準で決まる(所基通30-1の後段)
  • 合意解約を規律する条文が無いので、退職合意書に書かなかったことは何も決まらない

よくある質問

Q. 退職勧奨は違法ですか?

A. 退職勧奨そのものを禁じる条文は、民法・労働基準法・労働契約法・雇用保険法・労働審判法・個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律のいずれにもありません。この記事ではこれら7法令の全文を取得して「退職勧奨」の出現回数を数えましたが、いずれも0回でした。ただし禁止規定が無いことと、何をしてもよいことは別です。歯止めは意思表示の側に置かれており、強迫があれば民法96条1項により、重要な錯誤があれば95条1項により、退職の意思表示が取り消される余地があります。取り消されると退職は成立していなかったことになります。個別の場面で違法と評価されるかどうかは事実関係によって変わりますので、判断は弁護士にご確認ください。

Q. 退職勧奨に応じて辞めた場合、解雇予告手当はもらえますか?

A. 条文からは出てきません。労働基準法20条1項は「使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては」と場面を解雇に限っており、合意によって終わった労働契約はこれに当たらないためです。したがって30日前の予告も、予告に代わる30日分以上の平均賃金の支払いも、条文上の義務としては生じません。会社が退職勧奨にあたって上乗せ金を出すことはありますが、それは合意の中身であって解雇予告手当ではありません。なお、解雇予告手当そのものの計算方法と、支払った場合の所得区分については解雇予告手当の記事で扱っています。

Q. 退職勧奨で辞めると、失業給付は自己都合と会社都合のどちらになりますか?

A. 雇用保険法施行規則36条9号が「事業主から退職するよう勧奨を受けたこと」を特定受給資格者の理由として挙げているため、これに当たれば特定受給資格者になります。効果は2つあります。1つは所定給付日数で、雇用保険法22条1項の一般の受給資格者が算定基礎期間20年以上で150日であるのに対し、23条1項2号イは45歳以上60歳未満で算定基礎期間20年以上の特定受給資格者を330日としています。差は180日です。もう1つは給付制限で、33条1項が対象としているのは自己の責めに帰すべき重大な理由による解雇と、正当な理由がなく自己の都合によって退職した場合の2つだけなので、勧奨に応じた退職には付きません。ただし実際にどの理由に当たるかは、離職票の記載をもとに公共職業安定所が判断します。

Q. 退職勧奨で払う上乗せ金は、退職所得として源泉徴収してよいですか?

A. 所得税基本通達30-1が判断の入口になります。同通達は退職手当等を、本来退職しなかったとしたならば支払われなかったもので、退職したことに基因して一時に支払われることとなった給与と定義しています。退職勧奨の上乗せ金は、この定義の文言に素直にあてはまります。ただし同じ通達の後段が、退職に際しまたは退職後に支払われる給与でも、その支払金額の計算基準等からみて他の引き続き勤務している者に支払われる賞与等と同性質であるものは退職手当等に該当しないと留意を求めています。したがって決め手は名前ではなく計算の組み立てです。賞与の査定と同じ基準で算定していると後段に触れる余地が出てきます。個別の判断は税理士または所轄の税務署にご確認ください。

Q. 解決金という名前にすれば、税金の扱いは変わりますか?

A. 名前で決まるものではありません。所得税基本通達30-1が見ているのは支払金額の計算基準等であって、書面上の名称ではないためです。逆の例として、同じ第30条関係の30-5は、労働基準法20条の規定により使用者が予告をしないで解雇する場合に支払う予告手当は退職手当等に該当すると明記しています。名前が手当であっても退職所得として扱われる例です。実務上は、退職合意書にその金額をどのように算定したかを書き残しておくと、後から区分の説明ができる形になります。

Q. 退職勧奨で辞めた人から退職証明書を求められました。経緯を書いたほうが親切でしょうか。

A. 書けません。労働基準法22条3項が、前二項の証明書には労働者の請求しない事項を記入してはならないと定めているためです。どの事項について証明を求めるかを選ぶのは労働者の側で、会社は請求された項目だけを記載することになります。また22条1項のかっこ書きは、退職の事由が解雇の場合にその理由を含むとしていますので、解雇ではない退職勧奨による退職では、このかっこ書きは働きません。証明する対象は退職の事由までで、そこに至った経緯の説明までは条文から出てきません。

Q. 退職合意書には決まった様式がありますか?

A. ありません。労働契約法の全条を見ると、契約の成立と労働条件の変更についての規定はありますが、合意によって労働契約を終了させることを規律する条文が1つもないためです。終了に触れているのは16条の解雇、17条の契約期間中の解雇等、18条と19条の有期労働契約だけです。様式も記載事項も法令が定めていないということは、書かなかった項目について法令が補ってくれないということでもあります。合意解約であることと退職日、離職理由の認識、上乗せ金の額と算定の考え方と支払期日、年次有給休暇の残日数の扱い、貸与物や貸付金の精算あたりは、後から争いになりやすい部分です。

Q. あっせんを申し込まれました。応じないと不利になりますか?

A. あっせんは個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律5条1項にもとづく手続きで、紛争当事者の双方または一方の申請により、都道府県労働局長が紛争調整委員会にあっせんを行わせるものです。会社側が注意する必要があるのは、同法4条3項が、労働者が援助を求めたことを理由として解雇その他不利益な取扱いをしてはならないと定めており、5条2項がこれをあっせんの申請にも準用している点です。つまり申し込まれたこと自体を理由に不利益な扱いをすると、それ自体が別の違反になります。手続きに応じるかどうかの判断とは別の話ですので、実際の対応は弁護士にご確認ください。

Q. 労働審判はどれくらいの期間で終わりますか?

A. 労働審判法15条2項が、特別の事情がある場合を除き三回以内の期日において審理を終結しなければならないと定めています。通常の訴訟のように期日を重ねる想定になっていないため、会社側は第1回の期日までに主張と証拠をそろえることになります。出された労働審判に対しては、21条1項により審判書の送達または告知を受けた日から2週間の不変期間内に異議を申し立てることができ、適法な異議があれば3項により審判は効力を失います。異議がなければ21条4項により裁判上の和解と同一の効力を持ちますので、金銭の支払いを命じられていれば債務名義として差押えの根拠になります。

出典

この記事は一般的な情報提供であり、個別の事案に対する法律相談や税務相談ではありません。個々の退職勧奨が違法と評価されるか、退職の意思表示が取り消されるか、支払った金銭が退職所得に当たるかは、事実関係によって結論が変わります。実際の判断については弁護士に、離職理由の認定については所轄の公共職業安定所に、税務上の取扱いについては税理士または所轄の税務署にご確認ください。

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